「ねぇハルマサ、お薬ってどんな味がするの?」
対ホロウ六課のそれはそれは大変なデスクワークの最中、横に立っていた蒼角が浅羽悠真にそう訊いた。
蒼角の目に映るのは、山積みにされた書類と、幾度も突き返された休暇申請書類の間に置かれた大容量のピルケース。中には白い錠剤や、カラフルな色のカプセルに閉じ込められた薬や、粉状のもの──エトセトラ、エトセトラ。
「このピンクの色のお薬なんか、とっても甘そうじゃない? それにこっちの白いのはラムネっぽい味がしそう! あとあとこっちのお薬はー……」
「蒼角ちゃんさぁ……《おくすり》が美味しい味なわけないでしょ?」
悠真がそう答えると、蒼角は目をぱちくりさせて彼を見た。
「んー、そっかぁ。じゃあ、どんな味?」
「どんな味ねぇ。にがーい味かな」
「苦い味って、どんな苦い味?」
「ええ?」
どんな。
この白い錠剤は舌に張り付くようなねっとりした苦みで、このカプセル状のは然程苦みを感じないが異物感が喉を通り抜けていく感覚がげんなりで、そしてこの粉状のは体中の粘膜を突き刺すような苦み。
……そう答えたところで、蒼角はきっと首を傾げるんじゃなかろうかと悠真は思った。
「うーん、そうだねぇ。どのお薬も美味しくない苦みってのは間違いないんだけどー……いっそのこと僕のことを食べてみれば、薬の味がわかったりしてね! ほら、僕ってばお薬漬けの健気な病弱体だし?」
「……ハルマサを、食べる?」
蒼角はそう呟いてしばしの間空を見つめた。
頭の中に描かれるのは、蒼角が悠真の腕をガジガジと噛んでみる様子。しばらくそれを頭の中に浮かべたあとで、蒼角は少しだけよだれを垂らす。だがすぐにハッとした様子でよだれを啜った。
「だ、だめだよだめだよ! そんなことしたらハルマサ、弓で戦えなくなっちゃう!」
「うーん、それはそうだね。蒼角ちゃんに食べられたら、僕、ひとたまりもないもの」
「もー、そういう冗談は言っちゃいけないんだよ! ハルマサ、めっ!」
「あははは、ごめんごめん」
そう笑うと悠真はため息を吐き、それからもう一度それはそれは大変なデスクワークへと向かったのだった。蒼角はその様子を見て、きゅっと拳を握る。
(今日はナギねえもボスも会議のお仕事に行ってて、今はわたしとハルマサのふたりきり。でもわたしはまだまだ漢字が全然読めないし、デスクワークができないから、ハルマサがいっぱいやってくれてるわけで……)
しゅん、と落ち込んで自分のデスクへ戻り、漢字ワークをぺらりと捲った。
難しい漢字が、
ひとつ、
ふたつ、
みっつ、
よっつ、
たくさんたくさん並んでいる。
薄い灰色で書かれた漢字を鉛筆でなぞろうとするけれど、やる気は起きない。何故ならお腹がペコペコだからだ。常備しているおやつは昼休憩の際に食べ終えてしまった。お財布の中身を確認するも、チャリチャリと鳴るディニーはほんの少し。
「……これじゃあなんも買えないよぉ」
しょんぼりとしてお腹をさするも、ふと、脳裏に過ぎる。
「あ、そうだ!」
そう声を上げて立ち上がれば、「蒼角ちょっと行ってくる!」と駆け足で職場を離れていったのだった。
「……蒼角ちゃんがデスクワークをこなせる日はやってくるのかねぇ」
悠真はそう呟くと、次の書類へと手を伸ばした。
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