デートのお誘い - 1/5

「柳、明日は休日だが予定はあるのか」

 H.A.N.D.の女子更衣室内でシャツのボタンを外している星見雅がそう言った。隣では月城柳が鞄の中を探り何か取り出している様子が伺える。

「明日ですか? 明日はー……いえ、特に予定はありませんね」
「私的な買い物なども、ないか」
「食材の買い出しとかですか? この前の休みの時にたくさん買い込んだので、明日行かなくても大丈夫そうです」
「そうか」
「でもそういう時って、結局暇になると仕事のことを考えてしまうんですよね。あれが終わっていない、これを進めておかないと、なんて……ふふっ、人にはしっかり休息を取れと言うのに私ったら」
「………」

 雅は私服に着替え終えると、鞄を肩に掛けてロッカーの扉を閉じた。

「……仕事を一時忘れ出かけるのは、休息を取ることになるか?」
「えっ? それは……もちろんそうだと思いますよ」
「ならば、デートに行くのはどうだ」
「デー……ト、ですか?」

 柳は首を傾げる。雅も同じ方向へ首を傾げて見せた。ガタン、と音が鳴る。柳が自分のロッカーの扉を閉じたのだ。それからうーんと唸るように顎に手を添えた。

「デートというのは、その、例えばどういうところへ?」
「そうだな、例えば映画館へ行ってポップコーンを食べながら鑑賞する」
「はあ」
「そのあとはカフェに寄って映画の感想を言い合ったり」
「ええと」
「それから少し街中をぶらつき、たまたま目に入った店で当てもなく商品を眺めたりする」
「確かにそれは……デート、のようですね。一体そのデートプランはどこで学んだんですか?」
「うむ、プロキシから聞いた」
「プロキシさん?」
「リンはよくアキラを連れてそのようなデートをするという。そうするとアキラはリンの策に負けいろいろと買ってくれるのだ、と」
「本当に仲の良い兄妹ですね、プロキシさんたちは」
「ああ、仲が良い。……それで、どうだ柳」
「え?」
「私とデートに行かないか」

 真っ直ぐな視線が柳の瞳を射貫こうとする。真剣な眼差しに、柳は少したじろぎそうになってしまった。

「ええと……いいですよ。予定はありませんし、課長からのこういったお誘いは珍しいですからね。私で良ければお付き合いします」
「ああ、ありがとう」
「こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます」

 柳が承諾すると雅はわずかに口元を緩め、そして二人は更衣室を後にした。

「時刻や場所はまたあとで連絡する」
「ええ、わかりました。それではお疲れ様でした」
「ああ、また明日」

 くるりと踵を返し、雅がH.A.N.D.を出ていく。そんな後ろ姿を見ながら、柳はまた首を傾げた。

「課長ったら、今度はデートに挑戦する修行でもしてるんでしょうか」

 そんな呟きが空気に溶けるのを待たず、柳もまたH.A.N.D.の建物を出て行ったのだった。

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