「あー! 今回は私が選ぶ番って言ったのに! またそうやって自分が見たいの手に持ってるー!」
「いや、これはリンがいいのが見つからなかった時のためにと思って……」
「そーゆー言い訳はなし! ほらほら、早く戻してきて!」
リンはそう急かすと僕の背中をぐいぐいと押した。
――僕たちは少しばかり遠出をしてとある街へとやってきた。ここに掘り出し物のビデオがあるという。情報源はトラビスさん。
「トラビスさんの言った通り、私が探してたこの推理ものあったよ〜! やっぱり来てよかったね、お兄ちゃん!」
「そうだね、それでさっきのビデオも僕が探してたものなんだけれど……」
「却下! ……そういえばトラビスさん、こないだお店に来てたんでしょ? 何の用事だったの?」
「いや、特に用はなかったみたいだよ。少し話して……すぐ帰ったし」
「ふぅん? あ、ねぇねぇお兄ちゃん。次ここいつ来れるかわかんないしさ、ちょっと多く仕入れてもいい〜??」
「そういう理由ならそのちょっとは僕のビデオを優先すべきじゃないかな?」
「も〜、しょーがないなぁ!」
購入手続きを終えて車に荷物を運び入れると、僕たちは車に乗り込んだ。運転手は僕、リンは助手席でナビ兼歌う係。プレーヤーからお気に入りの音楽が流れてくると、リンも一緒に歌い出すのだ。今かかっている曲は最近部屋にいる時にも隣から聞こえてくる。リンがギターで弾き語りしていた曲じゃないだろうか。
「〜♪」
思わず僕も鼻歌でメロディーに乗ると、リンは驚いた顔をした。
「この曲知ってるの?」
「知らないけど」
「ええ〜?」
「知らないけど、リンがよく歌ってるよね。夜」
「あっ、ああ〜……あはは、聞こえてたかぁ」
へへ、と頭に手をやったあと、左手の指で何かを押さえるような動きをした。エアギターだろうか。
「ここのコードがさ、難しくって上手く押さえられないんだよね」
「そうなのか」
ちょうど信号に差し掛かって、車がゆっくりと止まる。するとリンの手が伸びてきて、僕の左手を取った。
「お兄ちゃんの指は長くていいよね〜。私ももうちょっと長かったら、ラクにギター弾けるのになぁ」
「僕は指が長くてもギターを弾けないよ。もっぱらゲームに使うくらいだ」
そう言ってキーボードを打つような仕草をしてみせる。リンは「勿体ないよねー」と頬を膨らませた。
車が動き出して、プレーヤーからは次の曲がかかった。これは僕たちが六分街にやってくる前からよく聴いていた曲。リンが好きだと言って毎日のように歌っていた曲。
「………」
「………」
けれど、リンは口ずさもうとしない。
口を開いて――そして遠くを見てきゅっと唇を一文字に結ぶ。
後ろから救急車がやってくるのが見えた。少し端に寄って減速する。救急車は僕らの車の横をスッと抜けていった。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「何か飲み物でも買っていかない?」
そう言ってリンが指差す。道路脇にチェーンのカフェがあるようだった。よく見かける看板は道路に向けてどんと置かれている。すぐに左へウィンカーを出して、駐車場へと入っていった。停まっている車はそう多くない。この時間帯は混んでいないようだ。
「ここで飲んでいこうか?」
「ううん、テイクアウトでいいよ。あ、私買ってくるよ! お兄ちゃん何がいい?」
「リンのオススメで」
「オッケー」
車を降りたリンがばたんとドアを閉めた。僕は一人、エンジンを止めた車に取り残される。ここにイアスでも居ようものなら遊びながら待っていられたのだけれど、生憎留守番中だ。僕は先程通知が来ていたノックノックを確認しようとして、やめた。カフェの窓越しにリンの姿が見える。メニューをじっと見て、注文をしているが……大袈裟に手を振って、今度は別のメニューを見ている。何にするかなかなか決まらないようだ。一緒に行けばよかっただろうか。
「……〜♪」
鼻歌を歌う。さっきリンが歌わなかった歌を。お世辞にも上手いとは言えない僕の鼻歌で、遠い記憶を呼び起こす。どの記憶でもリンは笑ってる。――笑顔のないリンをまるでどこかへ閉じ込めたみたいに。
「……新エリー都での暮らしも、もうだいぶ経つな」
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