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「グレース! おーい、出てこい!!」
アンドーさんが大声で呼びかける。あまり音を立てるとエーテリアスに気づかれるかもしれないが……仕方がない。出てきてもアンドーさんが何とかするだろう。
『グレースさーん!』
地面に下ろされた僕も声をかけてみる。
最後に救難信号が確認されたのはこの辺りだ。すぐに見つかるかと思ったけれどグレースさんは一向に姿を現さない。アンドーさんは痺れを切らし、僕や他の作業員二人を置いて辺りを探しに行ってしまった。
『困ったな……リン、場所は間違いないよね?』
H.D.D前で作業をしているリンに声をかける。
『うん、ここで間違いないはず。何かあったのかなぁ……』
『マスター、急激に迫る生体反応あり。救助対象者のものと思われます』
『えっ、本当かい』……と、言おうとしたその瞬間、すごい勢いで後ろからどつかれたような衝撃を感じた。
『!?』
それからぎゅっ、と優しく……というよりは力強く、熱い抱擁を感じる。耳元で悩まし気なため息が聞こえた。
「はあ……イアス、お姉さんの為にここまで迎えに来てくれたなんて……私はなんて幸せ者なんだろう。さあ、この出会いに感謝して今ここで君をちょっとばかし開いてみせて――」
「何やってんだグレース!!!」
慌てたアンドーさんの声が聞こえてきた途端、苦しい程の抱擁は腕の力が多少弱まり、優しくなった。僕はほっとして胸を撫で下ろす。
「救難信号がこの辺りで止まったってのに、お前はどこ行ってやがったんだ!」
「ああ、悪いアンドー。どうやらエーテリアスとの戦いの最中に発信機を落としたみたいだ。でもこうやって会えたんだから良いじゃないか」
「ったく……プロキシ、とにかく救出は成功だ。助かったぜ。あとは出口まで案内頼む」
『ああ、まかせてくれ』
『お兄ちゃん、グレースさん見つかった!?』
妹からの通信が入り、『ああ、どうやら無事だったようだ』と返す。それからFairyに指示を仰いですぐに出口を探した。出口までは少し歩くが、エーテリアスの反応は無く比較的安全なルートだ。僕は行先をアンドーさんに指示し、また抱えてもらおうかと思ったが……
『……ええと、グレースさん。一度アンドーさんに僕を渡してもらえると助かるんだけど……』
グレースさんは僕の声が聞こえているのかいないのか、イアスのボディをぎゅっと抱きしめ頬擦りをすると大変嬉しそうに口元を歪ませた。
「はあ、この柔らかさ、本当にたまらないよ……イアス、君が良ければ今日は私の部屋に連れて帰りたいんだけどどうだろう? 大丈夫、目いっぱい優しくしてあげるから心配はないよ!」
『うん……全く良くないのでお断りさせていただいてもいいかな』
「ああっ、でもこの機会を逃すと次いつ君に会えるかわからない! 私はもっと君を堪能したいんだ! 出口に着くまでの時間が長ければいいんだが……とにかくそれまでは私の腕の中にいてくれるかい? かわいこちゃん」
優し気な言い方だが、その腕に込められた力は有無を言わせぬものだった。アンドーさんに『助けて』と目配せをしたものの、こうなったグレースさんを止められる者はいないのか、アンドーさんは「悪いなプロキシ、出口までだ」と頭を掻いた。
『はあ……仕方ないな』
『仕方ないってお兄ちゃん、今グレースさんに抱っこされたままってこと!?』
リンの声が聞こえる。音割れする程の声量だ。
『ああいや、その、出口まで運んでいるだけだよ』
『でも抱っこされてるんでしょ!?』
『いや、ええと……』
口ごもっていると何やら作業を始めたリンがしばしの間黙り込み、そして
『グレースさん! お兄ちゃんを抱きしめるのやめてください!!』
――イアスからリンの声が発せられた。
『リン……僕と同じチャンネルで話すのやめてくれないか……』
『だってこうしないとグレースさんに聞こえないでしょ!?』
『言ってもグレースさんはやめてくれないよ……』
『グレースさん! お兄ちゃんを離して!』
「おやおや、安心してよ。私が抱きしめているのは君のお兄さんじゃなくて、イアスだから」
『ボディはイアスでも、今はお兄ちゃんなんです!』
感覚同期をしていると、自分の身体からリンの声が発声されているようで奇妙な気分になる。リンはしばらくグレースさんに文句を言っていたが、出口が近づくと自分の仕事に戻ったのか静かになった。
『グレースさん、この先が出口だ。このまま歩いて行って大丈夫だよ』
「ああ、もう至福の時間は終わりなのかい? とても残念だよ……」
「おいグレース、バカ言ってねぇでさっさと帰るぞ! 社長が待ってんだ!」
「仕方ないね。じゃあイアスをこの後ご主人のところへ連れて帰るのは私が――」
――プツン、とテレビが消えたみたいに感覚同期が切れた。
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