――六分街にあるレンタルビデオ店<Random Play>は今日も仲の良い兄妹で開店準備をしている。陳列棚の整理は従業員であるボンプたちに任せ、兄はレジ開けの準備を、妹は外から見えるウィンドウディスプレイ部分を模様替え中だ。
「お兄ちゃん、こっちの準備は終わったよ~。開けて来てもいい?」
「ああ、大丈夫だよ」
兄の返事を聞いてすぐ、妹は店の出入り口のドアを開け、外側にかかる札を<OPEN>に裏返した。
「あれっ」
不思議そうな声が聞こえ、兄は妹の方を見る。
「どうしたんだい、リン」
兄――アキラがそう聞いてすぐ妹のリンと共に一人の男性が店の中へと入ってきた。
「よぉ、元気にやってるか~?」
「トラビスさん、いらっしゃい」
突然やってきたビデオの卸業者に、アキラは少し驚いたもののいつもの対応をしてみせた。リンは一体何の用事かとトラビスをまじまじと見ている。
「いや~、実はこないだ卸したビデオなんだけど……ちょっと手違いがあってな。回収に来たんだ」
「えっ、そうなのかい?」
「まさかもう店に出しちまったか?」
「いや、まだ出してないよ。でも今日出すところだった。ちょっと待っててくれるかい」
アキラは少し慌てたように陳列棚に並ぶ目当てのものを探しにいく。
「トラビスさん困るよ~、もしお客さんが借りてっちゃってたらどうするの?」
「おいおい、だから間に合うように開店前に来たんだろ?」
「今はもう開店しちゃってます~」
リンとトラビスのやりとりに割って入るように「これ全部かい?」と持ってきた三本のビデオを手渡した。
「えーっとな、ああ、これだこれ」
トラビスはその三本のうちから一本を取ると、残りをアキラへ返した。回収されたのは新作の子ども向けビデオだ。
「一体どう手違いがあったんだい?」
「いやあ、実はこのビデオの途中に削除したはずのシーンが入ってるとかでな? 市場に流す前に全部回収してたはずなんだがー……ま、ちゃんと仕事してなかった奴の仕業だな」
「ちゃんと仕事してなかった奴って、トラビスさんのこと?」
「リンちゃん……それは手厳しいって」
「冗談冗談!」
あははは、とリンが笑うとトラビスは苦笑いで返した。
「おっと、そういや今週末の休みは予定がないんだけどよ。どうよ、夜とか暇か?」
「えっ……僕かい?」
アキラはきょとんとする。今までにトラビスに休日の予定を聞かれたことなどないからだ。リンも一体どういうことなのかと首を傾げている。
「いやあ……ほら、前約束したじゃねーか。連れてってやるって」
「ええ?」
アキラは顎に手をやり、しばしの間考えを巡らせる。が、何のことか思い出せない。
「ごめんトラビスさん、僕たち何か約束しただろうか?」
「おいおい忘れちゃ困るぜ。ほら、言っただろ?」
そう言ってトラビスは急に小声になる。
リンに聞かせない為か、アキラの耳元へ口を寄せて言った。
「綺麗なねーちゃんがいっぱいいるイイトコに連れてってやる、って言ったろ?」
そう言うと、トラビスはサッと離れてにししと笑った。
アキラはというと――しばらくトラビスを見つめていたが、すぐに目を細める。
「僕は別にそういうのはいいって言っただろう?」
「いやいや、遠慮すんなって! ルミナからすぐのとこによう、いい店があんだわ。ちょっとばかし酒の値段は高いが、その分綺麗なねーちゃんが……」
「綺麗なねーちゃんが、何?」
割って入ったのはリンだ。
アキラはやれやれと額を押さえ、トラビスは少し気まずそうに口元を引きつらせる。
「トラビスさん、お兄ちゃんをどこに連れてく気~?」
「い、いやあ妹ちゃん……その、お兄さんも仕事で疲れてるだろうから、ちょーっと息抜きに……」
「息抜きに、お姉さんがいっぱいいるところに連れてこうっての? あのね、うちはそんなに儲かってないから、そんなとこに使うお金なんて全然ないんだよ!」
「い、いやいやいや、ほら、連れてくのは俺だし、俺が金出すしさぁ」
「じゃあトラビスさん一人で行けばいーじゃん! そしたらお兄ちゃんに使うお金、自分でぜーんぶ使えるでしょ? 綺麗なお姉さんと一緒にいっぱいお酒飲めばいいんじゃない?」
「リンちゃん……」
がっくりと肩を落とすトラビス。もしかすると新規の客を連れていくと何かしらトラビスに良いことがあるのかもしれないな、とアキラは思った。
「トラビスさん、妹もこう言ってるから。僕は行かないよ」
「はいはいわかったよわかりました。別の奴連れてくからいいさ。大体、そもそもはお前の為なんだぞ? お前が彼女一向にできないっつーから……」
「僕は彼女ができなくて困ってる、なんてことは言ってないはずだけどな」
「お兄ちゃん、トラビスさんとそんな話してたの?」
むすっとしたリンがアキラを睨む。
アキラは肩を落として手に持っていたビデオを二本、陳列棚へと戻しに行った。
「とにかく! トラビスさんは用事が終わったんなら帰った帰った!」
「妹ちゃんがそんなんだからお兄さんに彼女できないんじゃないの~?」
「トラビスさん!!!!!」
「わーかったわかった! 悪かったって! 仲の良い兄妹店長さんたちの邪魔して悪かったね。それじゃ、このビデオは新しいの来たらすぐ持ってくっから!」
じゃあな~、と手を振りトラビスは逃げるようにしてビデオ屋を出ていった。その後ろでリンは仁王立ちし、ふんと強めに鼻息を立てた。
「リン、トラビスさんも悪い人じゃないから」
「わかってるよ!」
どすどすどす、と大層な足音を立ててリンは二階へと上がっていく。アキラは呆れつつも、足元に駆け寄ってきた18号を抱き上げてカウンター前の台に立たせた。
「それじゃあ、よろしくね。僕はちょっと上に行ってくるから」
「ンナナァ!」
にっこりと笑う18号を撫で、アキラはリンを追って階段を上って行った。
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