#2 「俺は安眠枕じゃねーっつーの!」 - 2/4


 ***

 夜も更けた頃、白祇重工の事務所兼倉庫内の全ての鍵を掛けようとクレタが見回りをしていた。いつもはクレタ以外の社員が当番制でやっているのだが、今日はクレタが自らその当番を名乗り出たのだ。

「――ったく、やっぱまだいやがるな」

 倉庫の中へひょっこりと顔を覗かせると、一角が明かりで照らされていることに気が付きクレタは眉間にしわを寄せた。
 足音を立てて近寄っていくが、そこにいる人物は全く気付く気配はない。

「おい!」

 と、仁王立ちで声をかけるものの……返事は皆無だ。

「おい姉貴! 聞いてんのか!?」

 苛立ちを隠さずにもう一度大声で呼べば、ようやくその人物は振り返った。

「おや? おチビちゃん。もう終業時間かい?」
「終業時間はとっくに過ぎてんだよ。さっきまではちょっとばかり事務仕事してる奴らが残ってたが、今じゃお前とあたしのふたりきりだぞ」
「え? そうか、もうそんな時間か……外はもう暗いだろう。クレタ、ひとりでおうちまで帰れるかい?」
「こんのバカ姉貴が……いつまであたしをガキ扱いしてやがんだ!」
「おや、もしかして怒らせてしまったのかな。ごめんごめん、でも今ちょうどいいところだからさ、私はまだ離れられないんだ」
「………」

 グレースはまたタブレットへ向き直ると作業へと戻ってしまった。クレタは諦めたようにグレースの脇に置いてある小さめのコンテナボックスの上に腰かけた。

「姉貴、ここんとこ全然帰ってねーだろ」
「んー……そうでもないよ。一昨日着替えに帰ったし」
「お前な……。寝てねーのもわかってんだからな?」
「ええ?」
「ったく、ちょっと目離せば無茶ばっかしやがって」
「それはおチビちゃんだって同じだろう? 私よりも君の方が無茶しないか、お姉さん心配だよ」
「……うっせぇな、お前よりもあたしの方が自分のことなんとかできてるっつーの! 人が心配してるってのに自分の身をもう少し振り返りやがれ! とにかく今日は帰って寝ろ!」
「そうは言っても目下子どもたちが仕事に復帰できない以上新たなホロウ内特殊作業重機を開発する他ないんだよ。大丈夫、今までにあの子たちを開発してきた下地が私にはある。改善しなければいけない点もいくつかあるが、それを修正しつつ新たな……」
「っつっても時間がかかることに変わりはないだろ! 大体素体を準備するのにも金がかかるって言っただろ、それの目途もついてねーってのに毎日毎日研究研究研究研究! 飯は食ったか!? 風呂は!? ベッドに入ったのはいつだ!?」
「おチビちゃん、そうカッカしないでおくれよ。大丈夫、ご飯はー……ちゃんと食べたさ。ちょっと記憶にないけれど。シャワーもそうだな……うん、多分入ったと思う。ベッドは私の近くにないからなかなか入る時間がないけれど」
「近くにじゃなくて! お前が部屋に戻ってベッドに入んだよ!!」

 いつの間にかコンテナから腰を上げ立ち上がっていたクレタはぜえぜえと肩で息をしている。グレースは彼女の方を見ると小さく笑いかけた。

「おチビちゃん、そう怒らなくても。でもそうだね、確かにここ最近癒しがなかったように感じるなぁ」
「だから帰って休息を……」
「いや、そうじゃない。そうか、プロキシと関わりがないからかもしれない。ほら、彼らと行動する時はいつも……イアスがいるだろう? イアスを抱きしめている間だけは、心身ともに癒されていたことを覚えているよ」
「あいつらに頼むような依頼は今はねぇよ」
「それは残念だ。あーあ、どこかに抱きしめさせてくれる可愛い機械メカ はいないものかなぁ。六分街にあるCDショップのお姉さんと仲良くなっちゃうってのも手だよね。まあ、今は六分街に行く暇すらないんだけど」

 暇すらないって休日は休みやがれ! と言おうと思ったクレタだったが、ふと思い出してしまったことが口をついて出る。

「……そういや時々街で見かけるあの機械人って確か邪兎屋の……」
「機械人!? 何だいおチビちゃん、機械人の知り合いがいるのかい!?」

 クレタの言葉に急に立ち上がり、両肩に掴みかかるグレース。驚いたクレタは目をまん丸にしてグレースを見つめ返した。

「いや、知り合いっつーか……まあ知り合いか? ほら、お前も一回会ったろ。邪兎屋のよぉ……」
「邪兎屋? ……って言うと、ヴィジョンのあの事件の時か。ああ、覚えているよ。黒いメタリックフォルムな彼だろう? 忘れるわけないさ! でもあの時はまず事件の収束が先だったし、気づけば彼はいなくなっていたなぁ……えっ、まさか彼とお近づきになることができるのかい!?」
「だから、アイツは邪兎屋の従業員だって言ってんだろ? 連絡先も知ってるしよ、一応お近づきっつーのにはなれると思うけど……でもなぁ」
「でもなんだい? 今すぐ連絡を取ってくれても私は大丈夫だよ?」
「いや、姉貴はどうせ、その機械人を分解してぇって言うつもりだろ?」
「その通りだけど……何か問題が?」
「そこに問題が大アリなんだよ! どう考えたって『お宅の機械人さんをウチの奴にちょちょいっと分解させてやってくれませんか~』なんて言ったって跳ねっ返されるのがオチだろ!?」
「何故だい? ちゃんと元に戻すし、優しくするよ?」
「そういう話じゃねぇ! 大体、まずその問題を置いといてもだ。姉貴は今だって仕事詰めで寝る時間もねえってのに、そもそも分解するなんて暇あんのかよ?」
「うーん、息抜きに彼を触らせてくれるなら十分に休息になると思うけどなぁ」
「息抜きねぇ。機械人一体分解するってのも時間がかかるもんだろ。それならちょっとした修理くらいならそこまで時間もかかんねーんじゃねぇか?」
「おお、ナイスアイディアだねおチビちゃん! 修理という名目でお誘いすれば確かに分解もしやすく……」
「待て待て待て! 名目でじゃなく! 修理をメインの目的にすんだよ馬鹿!」
「ええ? まあ、うーん、それでもいいけど……でも分解したいってことも伝えてほしいな。もし了承してもらえるならこの上ないだろう?」
「はあ……」
「そう肩を落とさないでおくれよ。大丈夫、修理するだけでも構わないよ。その時は技術料は取らないからって伝えれば先方も大喜びするんじゃないかな?」
「……わかったよ。ちょっと話だけしてみる。まあ、これで休息にもならなくて体悪くするようなら修理担当するって話は考え直すからな! あとマジで帰って寝ろ!」

 最後のクレタの言葉にグレースは軽やかに笑う。
 冗談に聞こえたのかもしれない。

 ――それから数日後、クレタは邪兎屋のニコへと連絡を取った。
 最初こそ、

『うちのビリーはねぇ、ロストテクノロジーによって生まれた知能構造体よ!? 邪兎屋の資産でもあるんだから分解なんてさせてあげるわけないじゃない!』

 ……と、突っぱねられたものの。
 修理代を安くする話を持ち出したところあっさりと掌を返したのだった――。

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