***
「――おい姉貴、次の工期のことだけどよ……って、ああ、来てたのか」
グレースがほぼ私室として使っている部屋へ入ると、クレタは椅子に座っている機械人を見て「よう」と声をかけた。
「おう、社長さん! お邪魔してるぜ」
「……お前もよく姉貴 に修理される気になったよなぁ」
クレタが苦笑いをすれば、ビリーはげんなりとした顔を返した。
グレースに修理されるようになってからビリーがここへ来るのは二度目だ。
「いや、もっとまともな奴にやってもらえるなら乗り換えてーけどニコの親分からはここにしとけって言われるからよぉ……」
修理代が安いからな、とビリーは肩を落とした。
「で、姉貴。次の……」
クレタが話しかけようとしたが、グレースはビリーの指先を手に取って何かの確認をすると満足そうに微笑んだ。これで終わりかと思いきや、次は別の箇所へと手を伸ばしている。クレタは「まだまだ終わりそうにないな」と肩をすくめた。
「あとでまた来るぜ」
クレタが部屋を出ていくと、ビリーは少しだけ心細くなってしまった。
「君の身体はいくつも安そうな部品が使われてるねぇ。そろそろガタが来そうだよ。もうすこし質のいいパーツに変えたらどうだい?」
「そんなこと言ったってよぉ、俺の給料じゃ良いパーツはそんなに買えないんだぜ?」
「それは残念だねぇ。なら私好みのパーツをいくつか仕入れておこう」
「……それってもしかして、俺色に染めてやるぜってやつぅ?」
ぶるぶると体を震わせると、ビリーは目を細めた。
だがそんな彼とは裏腹に、グレースはビリーの体を触りながら少し懐かしむような笑みを浮かべた。ビリーはそんな彼女の変化に、少し疑問を抱く。
「……なんでそんな優しそ~な顔で修理してくれるんだ? ちょっと気味悪ぃな」
「え? ああ……そんな顔してたかい。ううん、そうだな……君に触れていると、子どもたちのことを思い出すんだ」
「子どもたち?」
「あの子たちと一緒にいるのは本当に楽しかったな。……今は、会えないんだけれど」
「……悪い、まさかあんたに子どもがいたなんて思いもしなかったぜ。今はどこにいるんだ?」
「今は……そうだね、ちょっと、遠いところさ」
目を伏せ過去の記憶を呼び起こそうとしているように見えるグレースに、ビリーは少し躊躇した。何と言えばいいのか。何と返せばいいのか。
(遠いところ、っつーのは……もう死んじまったってことか?)
ビリーよりも先に、グレースが口を開いた。少し潤んだ瞳で、寂しそうにぽつりと言う。
「もし良ければ、君を抱きしめてもいいだろうか」
「……へ?」
「君を抱きしめたら、子どもたちのことを思い出して心が落ち着く気がするんだ」
「え、いやー……それは俺でいいのか? もっとこう、ちっこくて柔らかい体の方がいいんじゃ……?」
「君がいいんだ!!!」
「!?!?!?」
グレースのすごい剣幕にビリーは体を強張らせる。だが次第に力がなくなっていくその表情にビリーは少しだけ同情した。
「あー……じゃあ、どうぞ? ハイ、俺様の硬い胸板でよければ」
「ビリー! 君はなんて優しい子なんだ……!」
恐悦至極、感慨無量。
そう言わんばかりに勢いよく抱きつくと、ビリーは背もたれのない椅子からグレースごと床に落ちていった。
「うわわわわわわわっ……!」
ゴチン、
と、
床に頭と背中を打つ。
ビリーは涙目になりながらも、自分の胸部に抱き着くグレースを見遣る。腰に回した手は踏みつぶしてはいないだろうかと確認するが、彼女が痛みに呻いていないことから大丈夫かと安堵した。
「ああ、表面温度こそ冷たいが、内部の制御盤から発熱された温かさが伝わってくるよ。電流音もとても静かでまるで呼吸をしているかのよう……うん……とても……」
「……これで満足か?」
「うん……うん……ああ、また、子どもたちに会いたい」
「………」
「ハンス……グレーテル……フライデー……」
「………」
「ああ、またあの子たちのボルトを締めてあげたい。唸るエンジン音を肌で感じたい。一日働き詰めになった後の彼らの機体を優しく拭いてあげたい……」
「………………ん? 待ってくれ、あんたの子どもたちって……」
ビリーの頭に浮かんだ疑問を口にしようとした。
(おいおい子どもって、人間じゃなくてメカじゃねーか!)
と。
だが、そんな軽口を言えはしないと思ったのは
グレースの表情がまさに「我が子を想う母」のそれだったからだ。
(……ま、ワケなんざ知らねーけど、少しくらいこうされてるのも悪くねーか)
静まり返った部屋でグレースに抱きしめられながら、ビリーはただ黙って天井を見つめていた。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます