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「浅羽ー、今日ゲーセン行かね?」
放課後、荷物を鞄に詰めていると友達が話しかけてきた。
「ゲーセン? 僕はいいかな~」
「なんだよつれねぇな~、いっつもじゃん! なー行こうぜ~。そんでついでにカラオケ!」
「遠慮しときまーす。そーゆーうるさいとこは疲れるから嫌なの。それならここで寝てた方が数十倍マシ」
「浅羽がいれば隣のクラスの女子も来るって言ってんだよぉ~、なーいいだろ?」
「女子? ふーん、僕は客寄せパンダってことだ」
「いいだろパンダやってくれよ!」
「やーだね」
べ、と舌を出して見せると友達はげんなりとした顔をして見せた。
「あーあ、またかよ~。ったくお前はほんと妹一筋だよな」
「そう?」
「そーだろ。ってか学校いんなら弓道部にも顔出せばいーのに」
「弓道部……」
「まー、お前が顔出したら後輩女子たちまたうるさいか。そういや妹ちゃん今度の県大会優勝候補なんだろ?」
「何? なんの県大会?」
「はあ? 柔道のだって」
友達は怪訝そうな顔で僕を見る。
僕はすぐ取り繕うようにして笑みを浮かべた。
「あ、ああ~そうそう柔道のね。うん。いやぁ強い妹を持って僕は安心だよ、どんな敵もやっつけちゃいそう」
「敵って、夜道で不審者に会わないか心配だから放課後一緒に帰ってるんだってお前言ってたじゃん」
「え?」
「はあ?」
話が噛み合わない。
どうもおかしい。
いや、おかしいのはずっとだ。
おかしいのは
僕だけ?
「あー……っと、僕ちょっとそろそろ行くね」
「なんだよ、教室で勉強してんじゃねーの?」
「他にちょっと行くところがあるの~、じゃあね~」
手を振り、教室を出る。
妹、
蒼、
彼女の部活は『柔道部』
柔道部の部室って、どこだ?
いや、部室というか柔道場、かな。
まあ行って何という話じゃないんだけど。
でも、何故だか黙って待ってられない。
柔道部、柔道部。
僕は『記憶』を頼りに校内を歩いた。
多分こっちの方角。
あの角を曲がるんだっけ?
自販機が見えてきた。
もう少しで部室じゃないかな。
でも部室に行ったところでどうしたものか。
どうしたものか。
わからない。
わかんないけど、でも、心ばっかり焦ってる。
早く行かなきゃ。
でもなんで?
妹に会わなきゃいけないのはなんで?
妹?
蒼
蒼──
柔道場の前まで来ると、扉は開け放たれていた。
中から声が聞こえてくる。
どすん、という音も。
痛々しい音だな、と思うものの受け身を取っているから多分そこまで痛くはないんだろう。
覗き込むと、
彼女が見えた。
大男相手に胸倉をつかんで、あっという間に投げ技。
僕は柔道には詳しくないから技名なんかはわからない、とにかく相手の男がふわりと宙に浮き地面に叩き付けられる様子に勝手に痛みを想像して顔をしかめた。
「……あれ、ハルマサ?」
こっちに気づいた蒼が、僕の方へ駆け寄ってきた。
「どうしたの? まだ部活始まったばっかだよ~」
「あ……と、いや、どうしてるかな~っと思って」
「ええ?」
不思議そうな顔をしている。
そりゃそうか、僕がおかしなことを言ってるんだから。
「……ハルマサ、やっぱりお熱ある? 保健室行って計って来なよ!」
「いや、大丈夫だって」
「ええ~でも変な顔してるもん! 待って、今日はお母さん帰り遅いって言ってたし、私が帰って看病してあげる! 先生に言ってくるね!」
「え!? いや待って、全然大丈夫──!」
僕の制止も聞かず、蒼は走って行ってしまった。
一瞬、部員たちの目が僕を捉える。
それが、
この世界から睨まれているような気がして
「ハルマサ、大丈夫?」
はっとする。
僕はどこかの公園のベンチに座っていて、
隣には妹、の、蒼が。
「急に黙り込んじゃったから心配したよ~」
「えーっと……」
そうだ、あのあとすぐ着替えて戻ってきた蒼と一緒に帰ることになって。
バスに乗ろうとバス停で待ってたんだけど、どうもふらついて具合が悪くなって近くの公園で座ることにしたんだ。
記憶が飛んだ気がしたけれど、ちゃんと覚えてる。
大丈夫だ。
「ふらふら直ったなら、帰ろっか? もう暗くなり始めてるし」
そう言われて空を見る。
真っ赤な空が、少しずつ落ち始めている。
夜はもうすぐそこだ。
「……いや、もう少し休もうかな」
「うーん、そっかー。あ、お昼のお弁当は食べれた?」
「お弁当? あー、うん食べたよ。ちょっと僕の胃には重たいな」
「ええ~? すっごく美味しかったの間違いだよね?」
「美味しかったには美味しかったけどさ、僕は別に飲み物だけでも十分っていうか」
「あのにがーい味の野菜ジュース? あんなの飲むのハルマサだけだよぉ~」
「そんなことないでしょ。それを言うならさ、あのお弁当が良いっていうのは蒼角ちゃんだけ──
あれ?
隣に座る、妹、を見た。
日に焼けた肌の色。
くりくりとした丸い目。
色素の薄い髪色。
いいや、違う。
僕が知ってるあの子は違う。
違う。
「……ソウカクちゃん?」
蒼が、訊いた。
「あ……」
「ハルマサ、何言ってるの?」
「え、っと、違うんだ」
「何が違うの?」
「………」
冷や汗がたらりと垂れる。
何が違うの?
何が違うんだ。
わからない。
僕は浅羽悠真、高校三年生で、妹の蒼と、両親と暮らしてる。
毎日変わり映えの無い暮らしをしていて、三年間続けた弓道部は最近引退した。
それで、その前は、なんだ?
瓦礫に埋もれた街中が脳裏をかすめる。
今にも崩れそうなビル群。
突如聞こえる咆哮。
心臓に響くような唸り。
痛みを感じる体。
息の上がる肺。
「ハルマサ!」
僕を呼ぶ、
蒼角ちゃん?
「ハルマサ、やっぱり変だよ! どうしたの? いつものハルマサに戻ってよ! わたし、美味しいお弁当いっぱい作るから、いつものハルマサに……」
「いつもの僕って、何?」
問いかける。
蒼は、
いや、
蒼角ちゃんに似た、でも角の無い女の子は、僕を見て愕然とした。
「……僕は、対ホロウ六課斥候、浅羽悠真だ」
「へ……?」
「これは、僕の夢なのかな。どうにか醒めないと」
「や、やだよどうしたのハルマサ」
「多分今すぐ起きなきゃなんだよね。じゃないと、良くないことが起こる気がするんだぁ。例えば僕が死んだりとかさ」
「死んだり……? 待って、待ってよハルマサはわたしのお兄ちゃんで」
「あははっ!」
思わず笑いが出る。
止まらなくて、少しばかり呼吸困難になる。
ああ
そうだ。
「僕に妹はいないし、両親もいないんだよ」
「え……?」
「それに、君が妹なのはちょっと困るんだよね。妹みたいではあるんだけどさぁ」
ぽん、と頭に手をのせる。
角が邪魔をしない頭がなんだか新鮮で、でもやっぱりあの長い角が恋しくなる。
「元の世界と全然似てないこの世界で、唯一君だけが似てたのは……なんか理由があんのかもしれないね。君がいたから、思い出したのかも。じゃなかったらなーんにもわかんないままこの世界に馴染んじゃってたかもなぁ」
「……ハルマサ」
同じ声色で、彼女が呼ぶ。
すごく寂しそうな声で。
でも、そんな声は聴きたくないな。
蒼角ちゃんには、いつも元気でいてほしいし。
そんなに寂しそうに、僕の名前を呼ばないで。
「ほら神様、そろそろ僕を起こす時間だよ」

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