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風に揺られる。
僕の好きな潮風じゃない。
ここはH.A.N.D.の屋上。
つまんないビルの景色を見つめると、僕は柵にもたれた。
「あ、ハルマサいたー!」
「……蒼角ちゃん」
しゃがみこんでいる僕の元へ、蒼角ちゃんが駆け寄ってきた。
「検査終わったよ! もうなんともないって! 午後からの任務も一緒に行けるよ~」
「そりゃよかった」
「うん! ゴハンもいっぱい食べていーって言われたし嬉しい! 昨日はこれくらいしか食べれなかったんだよ~」
そう言うと蒼角ちゃんは手で空中に四角を描いた。
このサイズのご飯、ということだろうか。
何を食べたのかまではわからない。
「蒼角ちゃんが元気になってよかったよ。聞いたよ、僕に侵蝕緩和剤分けてくれたんでしょ? ありがとうね」
「ううんだいじょーぶ! それにね、あれ元々わたしの為に持ってたわけじゃないから!」
「え?」
蒼角ちゃんはにっこり笑うと僕の隣に座り込んだ。
「わたしの体がんじょーだから、あれくらいきっと大丈夫だもん。だからね、お薬は、ハルマサの為に持ってたんだよ」
「………」
「わたし、えらい?」
にへら、と笑う。
そんな小さな彼女の気遣いが、胸を刺した。
「……えらい、なんてもんじゃないよ」
「ふぇ?」
「と~~~~~~~~っても、えらい」
「ほんと!?」
「でもね」
「?」
僕は少し体を傾けて、蒼角ちゃんの頭に、自分の頭を寄せた。
「そのお薬、自分に使ってくれる方が、もっともっとも~~~~~~っと、えらいかな」
「どうして?」
「蒼角ちゃんのことが、大事だからだよ」
「ハルマサが?」
「そう」
「そっかぁ」
そう言いながらもよくわからないというような顔をして、蒼角ちゃんは唇を尖らせた。
それが、僕が夢で見た『蒼』の顔にそっくりで……思わず笑ってしまった。
「……あーあ、蒼角ちゃんが妹だったら、それはそれで楽しかったんだろうなぁ」
「え? 蒼角が妹? なになに?」
「ふふっ、なんでもな~い」
「ええー!? 教えてよー!」
蒼角ちゃんが僕の服の裾をぎゅうと掴んだ。
その小さな手が愛おしく、
そしてその小さな手がまだ動いていることに、安堵した。
僕が死んでしまう想像はいくらでもしてきたけど。
この子が動かなくなる想像は、したくないな。
この先も、ずっと。
だから、やっぱりこれからもこの子が危ない目に遭えば守ってしまうんだろう。
そうしたらまた、あの夢を見ることになるのかな。
その時は……“あの子”の為にももう少し“お兄ちゃん”らしく演じてみるってのも、ありかな。なんて。
思うくらい別にいいよね。
「ハルマサ」
「ん?」
「元気になってよかったね!」
「……うん、お互いにね」
<了>

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