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「……ん~~~~っ、はあー疲れた~。こんなにお仕事してるんだから明日も明後日も休暇でいいよね絶対。……っと、あれ? 蒼角ちゃんまだ戻ってきてないのか。トイレかと思ってたのに」
職場で一人、辺りを見回す悠真。定時は先ほど過ぎたところで、デスクに積み上がっている残りの書類を見れば本日も無事残業決定だ。
「蒼角ちゃんは定時には帰ると思ってたけど……帰り支度をして出てったみたいでもないしなぁ。どこ行ったんだろ」
悠真がそう呟くと、遠くから聞き慣れた足音が聞こえ始めた。軽やかに、少し小走り。その足音は六課の前までやってきたかと思うと、ぴたり、と止まった。
「……?」
出入り口付近を注視する。
すると、蒼角がひょっこりと顔をのぞかせた。
「あっ」
「おかえり、蒼角ちゃん。どこ行ってたの?」
「えとー、ハルマサ、お仕事終わった?」
「いんや? まだまだこーんなに残っちゃっててさ~。嫌になっちゃうよね~」
「じゃあじゃあ、今ちょっとだけ休憩できる?」
「休憩ならいっくらでもまかせて!! ……って、なんかあった?」
悠真が首を傾げれば、蒼角は後ろ手に何か隠すようにしてとてとてと近づいてくる。そうして悠真のデスクの横までやってくると、後ろに隠していたビニール袋を見せ、中から何かを取り出した。
「これ、ハルマサと一緒に食べようと思って!」
「これ?」
見せられたのは、小さな瓶の形をしたプラスチックの入れ物に入った白いラムネ菓子。そして透明な袋に詰め込まれた金平糖。
「あのね、ハルマサ、お薬苦いのばっかりって言ってたから……これならお薬みたいな見た目だけど、甘いし! 私も一緒に食べれるし。えーっと、ナギねえが、トーブンは頭が疲れちゃった時に必要、って言ってたの! ハルマサ今日はいっぱいお仕事してるし、トーブン必要だよね!」
そう言うと蒼角はラムネを手の上にコロコロと数粒取り出し、一粒摘まむとそれを悠真の顔の前へと持っていった。
「はい! ハルマサ!」
「ええ? あー、ありがとね」
まるで動物に餌付けをするかのように突き出された手から、悠真は白いラムネを一粒口にした。
「……ん゛ん、あっま……ラムネってこんなに甘かったっけ?」
「はいっ、次はこれ! コンペートーっていうんだって~。いろんな色があって綺麗だよね! ハルマサ、食べて食べて!」
「はいはいわかりました……むぐ……ポリポリ……うーん、砂糖の塊……」
「私も食べてみよーっと! ……ん~! 甘くてさっぱりしてて美味しい! こっちのコンペートーは? ……んん~!! あまぁーい! でも小さいから、すぐお口の中でなくなっちゃう……ラムネもコンペートーもいっぺんに食べたらいいかな? でもでも、今日はおやつこれしかないからちょびっとずつ食べなきゃだよね! うー、でも~……」
ラムネと金平糖ではしゃぐ蒼角を前に、悠真は堪え切れないというように吹き出して笑った。それから立ち上がると、隣接するデスクに置かれた椅子を持ってきた。
「? ハルマサ?」
「いいからほら、僕の隣に座ってな」
「うん……?」
悠真のデスクの前、二人膝を突き合わせて椅子に座る。悠真は蒼角から「ちょっと貸してね」とラムネと金平糖をもらう。そしてラムネを一粒摘まむと、きょとんとした顔で座る蒼角の口の前へと持っていった。
「蒼角ちゃんがいっぺんに食べちゃわないように、僕が一粒ずつ食べさせてあげるよ」
「わあ、ほんと!? ハルマサが食べさせてくれるならうっかり全部食べちゃわないよね! ありがと!」
そうお礼を言うと、ぱくっと悠真の指先からラムネを啄む。蒼角が味わうように噛み締めると、悠真が次のラムネを摘まんだ。
「ぱくっ」
「美味しい?」
「おいしー!」
「ん、じゃあ次は金平糖」
「わーい! ……ぱくっ」
「……甘くてお口の中溶けちゃわない?」
「溶けちゃわない! 蒼角頑丈だから!」
「ははは、そっかそっか」
一粒、
一粒。
ラムネと金平糖がなくなっていく。
一瞬、
一瞬。
指先と唇の先で温かさを感じる。
「……ハルマサ、わたしほんとはね、ハルマサに美味しくないお薬じゃなくて、美味しいお薬を楽しんでほしいなと思って買ってきたの」
「え?」
「まあこれは、お薬じゃなくてお菓子なんだけどー……でもわたしばっかり食べちゃってるね。ごめんねハルマサ」
「気にしなくていいよ、僕、甘すぎるお菓子はちょっと苦手だからね」
「甘いものが苦手な人なんているの!? もしかして、ハルマサは苦い味の方が好き?」
「好き……っていうか、慣れたってゆーか、まあこれはこれで、みたいな感じ?」
「わたしも苦いものいっぱいいーっぱい食べたら、好きになれるのかなぁ……」
「──蒼角ちゃんは、苦いものそんなに食べなくたっていいんだよ」
金平糖を一粒差し出す。
ぱくり、と食べる。
蒼角の唇が悠真の指先に触れ、蒼角は反射的に唇を舐めた。
「……ハルマサ、苦くないよ!」
「えっ?」
「今ちょっとだけハルマサのこと食べちゃったけど、苦くないよ!」
「あ……ははっ、ほんと? もっと食べる?」
「だ、だめだよ! ハルマサの指が無くなったら矢持てなくなっちゃうよ!」
「それは怖いね~。その時は蒼角ちゃんに養ってもらうしかないかぁ~」
「ええ~~!? そ、蒼角にも、《ヤシナウ》って、できるのかなぁ……」
「ははっ、ほらほら、ラムネをお食べ。蒼角ちゃん」
「あーむっ、ぽりぽり、美味しい~~~っ!」
時間はゆったりと過ぎていく。
休憩を取りすぎればもちろん帰る時間も遅くなってしまうわけだが、悠真は今日は仕方ないかと肩をすくめた。
「蒼角ちゃん、今日はこれ食べたら帰るの?」
「んーっ……もぐもぐ…………ううん、ちょっぴりおベンキョウしてから帰る!」
「ほー、えらいね」
「わたしも早くデスクワークできるようにならなきゃ!」
「確かにそうしてもらえた方が僕は助かるな~」
「デスクワークできるようになってナギねえやボスにいっぱい褒めてもらうんだ!」
「え? 僕も褒めてあげるよ?」
──もぐもぐ
──ごっくん。
口内に広がる甘い金平糖を感じながら、蒼角はにっこりと微笑んだ。
「あのね、ハルマサにはね、わたしがデスクワーク頑張ったら……またこうやってラムネとコンペートーを一緒に食べてほしいの! ね、いいでしょ?」
きょとんとした顔で悠真は瞬きし、それから力なく肩を落として笑った。
「じゃ、その時は残業じゃなくって定時で終えた後ってのはどう?」
「わあ! お仕事の後のご褒美ってことだね! うんいいよ!」
「蒼角ちゃんの成長が楽しみだなぁ」
悠真は最後のラムネを一粒摘まむと、蒼角の唇に押し当てた。
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