デートのお誘い - 2/5


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 休日に私的な用事でルミナスクエアまでやってきたのは、柳にとっては久しぶりのことだった。普段からどうしても仕事優先で生活してしまう為、最低限の買い物は住んでいる街の中で済ませてしまうし、好きな洋服を買うといったこともしばらくしていない。先日うっかりヒールが折れてしまった時も、近場の靴屋で安い靴を買って間に合わせてしまった。ましてやアクセサリーを買うなんてことは──。

「……デート、だなんて。思えば初めてかもしれませんね」

 柳はそう呟きながら腕時計で時刻を確認し、早く着きすぎてしまったことに気が付いた。雅と待ち合わせたルミナスクエアのモニュメント傍のベンチに座りながら、柳は子どものように足を軽くばたつかせる。そしてつま先を見つめながら、自分の学生時代を思い返していた。
 早く前線に出たいと思っていた学生時代、
 常に成績上位をキープし、武器の取り扱いにも長けていた。
 防衛軍に入隊してからも日々は目まぐるしく過ぎ、
 さらに対ホロウ六課へ来て──今に至る。
 そう考えるとこれまでにも友人と出かけることはあったが、『デート』という浮ついたことをする余裕などなかったように柳は思った。

「今も、すごく余裕があるわけではないですけど……」

 サァァ……と風が駆け抜けていき、耳に掛けていた髪の毛がはらりと落ちた。

「──柳、待ったか」

 瞬きをした瞬間、目の前に雅が現れた。彼女は上下黒のパンツスタイルで淡いグレーのカーディガンを肩に掛けている。普段と違う、しかしどこか普段通りにも思える装いに、柳は不思議そうに見つめた。

「……なんだ」
「あ、いえ。課長のお洋服、素敵ですね」
「む、そうか。柳のそのワンピースも似合っている」

 雅は柳の頭から足先まで視線を往復し、にこりと笑いかけた。
 柳は不思議に思った。
 課長はいつもこんなにもよく笑っていただろうか、と。
 少し笑みを浮かべるくらいはあるが、ほとんどは無表情にも思える様子が普通だ。もちろん六課のメンバーは彼女の僅かな表情の変化に気が付くのだが。

「柳、どうした」
「えっ?」
「そんなに見つめて、私の顔に何か付いているか? む、もしや昼に食べたものでも?」

 雅の眉間に皺が寄る。それを見て柳は思わず笑ってしまった。

「あははっ、いえ、ふふっ、違いますよ。なんでもないんです」
「なんでもないのか?」
「ええ、それじゃ行きましょう。最初はどこに行くんですか?」
「映画だ。……ああ、いや。それはプロキシのデートプランだったな」
「?」
「柳は、どこか行きたいところはあるか?」

 雅に聞かれ、柳は「ええと」と口ごもる。行きたい場所がなかなかすぐには頭に浮かんでこなかったのだ。そんな彼女の様子に、雅は「ふむ」と肩を落とした。

「ならば、私に付き合ってもらってもいいか?」
「ええ、もちろんです」
「では、行こう」

 雅が手の平を柳に差し出す。この手を掴んでベンチから立ち上がれ、ということらしい。柳は素直にその手を取ると、すぐさま立ち上がった。だが、雅はその手を放そうとしない。

「……課長?」
「む?」
「あの、手を……」
「嫌か?」
「? いえ、嫌ではありません、けど……??」
「そうか」

 雅はそう言うと柳の手を握り直し、そうして手を繋いだまま歩き始めた。

「あっ、え……!?」
「実は先日ブーツのヒールが折れてしまってな」
「?? は、はい……?」
「新調したいと思っていたのだ」
「はあ……」
「ここのファッションビル内には良い靴屋が入っていると聞く。一緒に見てくれないか?」
「ええ、はい、もちろんいいですよ。あのでも、その、手が……」

「柳」

 ぴたりと立ち止まった雅に柳がぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。

「は、はい」

 柳は目の前の狐耳の先がぴょこぴょこと揺れるのを見た。

「……これはデートだ」
「? はい、デート、でしたね……?」
「うむ。では行こう」

 そうして雅は柳の手を離さないまま、また歩き出した。柳もまた、「確かにデートというのは手を繋いでするものかもしれない」と妙な納得をして、雅の隣を歩いたのだった。

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