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「柳、これはどうだろうか」
「えっ、と……良いと思いますが」
「ではこちらはどうだ」
「それも素敵ですね……?」
雅が靴を選び、そして柳はそれを評価する。ただその靴は雅が履くものではない。雅のブーツは先ほど五分で選び終えたのだが、今は柳を試着用の椅子に座らせて柳用の靴を雅が選んでいる。
「あの課長、どうして急に私の靴を……?」
「む、柳も靴が欲しいかと思っていたのだが」
「ええ? 私、そんなこと言っていたでしょうか」
「むぅ……先日ヒールが折れたと言っていただろう」
「ああ……そうですね、勤務中に折れてしまったので近くの店で買ったことを報告しました」
「間に合わせのものだから、そのうちちゃんと買いたいと言っていた」
「言ってたでしょうか……」
「あれは私に言っていたのではなかったのか」
「すみません、もしかすると独り言を言っていたかもしれません」
疑問符を浮かべつつ、柳は雅が持ってきた新たな靴に足先を差し入れる。少しきついものの、デザインが好ましい為立ち上がって鏡の前で確認してみた。
「とても可愛らしい靴ですね、ワンサイズ上のものを履いてみます」
「うむ、わかった」
「あ、課長、私が取りに……!」
「柳」
「……はい?」
「今は職務中ではない」
「はい、もちろんわかっていますよ」
「ならば──私の名を呼んでくれ」
そう言って雅はきょとんとする柳をその場に置いて、足音も立てず颯爽と向こうからサイズ違いの靴を持って帰ってきた。
「さあ、履いてくれ」
「え、ええ」
柳はまた椅子に腰かけると今履いていた靴から足を抜き、今度は雅が持つ靴に足を差し入れた。
「……あのぅ、なんだか恥ずかしいのですが」
「何がだ」
「何がって……」
雅はいつものきりっとした表情で下から柳を見上げる。見つめられた柳は言葉に詰まり、こほん、と咳払いをした。
「……ちょ、ちょうどサイズもぴったりなので、これにします」
「わかった」
雅はそう言うと、丁寧に柳の靴を脱がせた。そして柳が自分の靴に履き替えている間にまた音もなくレジへと向かう。柳が立ち上がり鞄の中から財布を探していると、レジの方から雅と店員の会話が聞こえてきた。どうやらすでに会計に入っているようだ。
「!? わ、私の分は自分で……!」
「む、もう会計は済ませてしまった」
「ええ!? どうしてです? 私の靴ですから、私が──」
「柳、これはデートではないのか」
きょとん、と雅が表情を返す。柳はその様子に「自分の方が間違っているのだろうか」と不安になった。がしかし、すぐに我に返る。
「いえ、デートとかいう話ではなく……!」
「柳、次はあそこに行きたいのだが」
「えっ、どこですか?」
雅が指を差すのは同じフロアにあるとあるファッションブランド店。柳がよく好んで買うブランドだ。
「柳、行くぞ」
「あっ、あの、雅……!」
雅の手が、柳の手を引いた。
急に動き出したことに驚きながらも、柳は慌てて歩き出す。
ひとまず靴の代金はまたあとで払おう、と思った柳だったが──なんとこの後の服屋でも、さらには別のアクセサリーショップでも、柳は雅にあらゆる商品を贈られることになるのだった。
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