#10 不明瞭な気づき - 1/7

「おはよう、リン」
「おはよ、お兄ちゃん」

 朝の洗面所、顔を洗っていたアキラが後からやってきたリンに挨拶をした。お互いに昨日起こったことなど何も覚えていないかのように普段通りの表情。アキラがタオルで顔を拭いていると、リンが隣で歯磨きを始める。

「おにいひゃん、ひょうひあんひょふまへいはなひゃなんらへろ」
「リン、大事な話なら歯磨きをしながら話すんじゃない」
「んん~~」
「今日は治安局に行かなきゃいけないって?」
「ほう!」
「そういえばそうだったな。じゃあ僕が……ああ、いや、悪いけどリンが行ってきてくれないか? トラビスさんから頼まれて買うことになってたビデオを取りに行かなきゃいけなくて。ルミナスクエアとは真逆なんだ」

 歯ブラシを口から出し、べぇ、と泡を吐き出したリンがキラキラとした顔でアキラを見る。

「それって、治安局までおつかいに行ったらそのあと遊んできていいってこと!?」
「そうは言ってないけれど……まあ、別にダメとは言わないかな」
「やったー! じゃ、今日は早く仕事終わらせちゃお!」
「治安局はあまり遅くなると開いていないからね」
「わかってるってば! その為にちゃちゃっと終わらせて行くの!」

 ぶくぶくと口内を水ですすぐと、リンは鼻歌を歌いながら洗顔フォームを泡立て始めた。アキラはその様子を尻目に、洗面所を出ていく。
 着替えをしないままに一階へ降りていけば、6号と18号が返却済みビデオを処理して、店頭に並べているところだった。

「ありがとう、ふたりとも」
「「ンナナ!」」

 イアスがいないところを見ると、きっと外の掃き掃除をしているんだろうとアキラは窓の外を覗いた。その通り、イアスが箒で葉くずを払っている。一時手を止めたが、どうやら隣からエンゾウが出てきて挨拶をしているようだった。

「――僕も外に出て挨拶したいところだけれど、寝間着姿じゃさすがにね。っと、ゴミをまとめておかないとか」

 エンゾウが朝早くに外に出ている理由が『今日が可燃ごみの収集日であるから』だとわかり、アキラは慌てて奥の部屋へと引っ込んでゴミ袋を引っ張り出した。

『マスター、おはようございます』

 テーブルの上や床に置かれたゴミを袋に詰め込んでいると、この部屋の住人であるFairyが挨拶をしてきた。

「おはよう、Fairy」
『今日は可燃ごみの収集日です』
「ああそうだとも、だからゴミをまとめてるんだ」
『昨夜も教えて差し上げましたが、マスターは心ここにあらずといった様子で聞いていませんでした。あの時きちんと聞いていれば、今マスターは部屋中のゴミを拾い集めることなどしていなかったはずでしょう』
「そうだねFairy、でも別に収集時間に間に合わないわけじゃないんだからいいだろう?」
『肯定。では昨夜マスターが心ここにあらず、であった件についてお聞かせください』
「え?」
『昨日の助手2号との熱い抱擁は、人間のごく一般的な家族的行動ですか?』

 Fairyの問いかけに、アキラは一瞬だけ手を止める。
 そしてすぐにゴミ袋を持ち上げてH.D.Dの方に向き直った。
 
「……ああ、そうだよ。だからそれについては特別話をしないでほしいな」
『かしこまりました』
「あと、今日は僕もリンもあとで出かけるから、できる限り消費電力を最小限にしてくれると嬉しい」
『否定。それは私の活動の妨げになります、マスターの要望は却下致しました』
「却下しないでほしいんだけど……」

 アキラは苦笑しながら部屋を出ると、今度は二階のゴミを集めに階段を上った。

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