──浅羽悠真がホロウで倒れたことには箝口令が敷かれていた。
絶大な人気を誇る六課に所属する彼が持病で倒れたなどといった噂が流れれば、彼に好意を寄せる民間人ないし六課を良く思わない一部の界隈から少なくない《ご意見》がH.A.N.D.に集まりかねないという懸念があったからだ。幸いにも悠真の容態は数日で回復に向かい、入院期間も一週間と少しという比較的短い期間であった為、事が大きくなることは免れた。
退院後悠真はホロウでの任務はしばらく外されていたものの、半月ほど経った今では人数の多い他課の後方支援や後輩指導に出向いている。また六課所属の三人や他課所属の執行官への皺寄せを考えれば、全てが通常業務に戻るのもそう遠くはないだろう。
そしてそんな彼は現在仕事のことをさっぱり忘れ──休日を満喫していた。
「やっほ~店長のご両人、ビデオ借りに来たよ~」
六分街にあるビデオ屋《Random Play》の扉を開けるなり、悠真は満面の笑みでそう言った。昼を過ぎて尚午前分のビデオ整理をしていた兄妹は、驚いた表情で彼を見る。
「悠真! ちょっと聞いたよ~!? 入院してたんでしょ、大丈夫!?」
店内に他の客がいないのを良いことにリンは大声で言い放ったが、アキラがリンの肩を叩くと彼女は慌てて口を塞いだ。
「月城さんから聞いたんだ。僕たちも随分心配していたんだよ?」
「あららら、それはご心配おかけしました。ありがとね。なんならお見舞いに来てくれても良かったのに~」
「さすがに行けないよ。面会に行ける人は限られているって聞いたからね」
アキラは肩を竦めると、「あっ」と思い出したようにカウンターへと向かった。
「ビデオを借りに、ってことは……これかな?」
「うんそうそれそれ~」
アキラが出したのは以前悠真の為に取り置きしていた作品だ。長らくここへは来ていなかった悠真だったが、ビデオのことは忘れていなかったようだ。
「ふーん、旧文明崩壊時のお話ねぇ。ストーリーよりかはアート作品ってとこ?」
「そうだね。僕の趣味なんだけど……悠真ならこういうものも好きかと思って」
「アキラくんの趣味なら良さそうじゃない~? ま、面白かったら感想送ってあげるよ」
「それは楽しみだな。ところで、今日は蒼角は?」
アキラが訊くと、悠真はレンタルしたビデオを鞄に仕舞って「ん?」と首を傾げた。
「私たち、聞いたんだよ~? 蒼角と付き合うことになったんでしょ!?」
「誰から聞いたわけ?」
「蒼角本人だよ! ほら、前にうちにお泊りした時!」
「ああ……」
リンがにやにやと笑いながら悠真の横に並ぶと、彼は腕を組んでため息を吐いた。
「僕ー、そういうふうに茶化されるの好きじゃないんだよねぇ。ほら、僕って硬派じゃない?」
「え、誰が硬派なの?」
「ぼ・く・が!」
「……悠真が硬派かどうかは同意しかねるけれど、恋人になれてよかったじゃないか」
二人の会話に割って入るようにアキラがそう言うと、悠真はひくっと笑顔を引きつらせた。
「あのさ~アキラくん。前にあんたにいろいろ言われたこと、僕は忘れてないからね」
「なんのことだろう?」
「とぼけちゃってさ! まるで詰めるように僕にいろいろ言ったじゃないの! あの時は本気で鳥肌立ったからね!」
「うーん、最近歳のせいか記憶がおぼろげでね」
「ちょっとリンちゃん、このお兄さん頭だいじょーぶ!?」
「お兄ちゃんは至って正常で~す。でもお兄ちゃん、悠真に何言ったの?」
「うーん、蒼角はいい子だよねって話はした気がするんだけれど……」
「それの! 言い方だってば!」
ふん、と顔を背ける悠真に、兄妹は顔を見合わせると笑った。
「とにかく悠真が元気そうでよかったよ!」
「ああ、本当に。またいつでもビデオ屋に遊びに来るといい」
「そうさせてもらうよ。今日借りたビデオはー……蒼角ちゃんが見たら寝ちゃうかな~」
「一緒に観るのかい? それならここへも一緒に来たらよかったじゃないか」
アキラの言葉にぱちぱちと瞬きをすると、悠真はすぐにいじわるそうに笑って人差し指を口に当てた。
「僕だけの蒼角ちゃんだよ? あんたたちには会わせてやーんない♪」
「「え」」
「じゃ、僕これからデートだから~まったね~!」
ばいばーい、と手を振ると悠真はビデオ屋を颯爽と出て行った。残されたアキラとリンはぽかんとした顔で扉を見つめている。
「……なんで付き合いだした途端にあそこまで露骨になるかな~」
「まあまあ、幸せそうならそれでいいじゃないか」
「でもむかつく~! 今度蒼角と二人で遊びに行って悠真の悪口いっぱい聞いてやる~!」
「あはは……きっと惚気にあてられて終わるだけじゃないかな」
むっとした顔のリンだったが、諦めたようにため息を吐くと笑った。アキラも友人の楽しそうな顔を思い返して、うんと一つ頷く。
「付き合いたての二人って可愛いよね~」
「ああ。じゃ、僕たちは仕事に戻るとしよう」
「これ終わったらお昼は何食べる?」
「ラーメン一択だ」
「お兄ちゃんまたラーメン~!?」
そんなふうに言葉を交わしながら、兄妹店長はビデオ屋の仕事に戻った。
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