静かな室内に金属が擦れる音が響く。
この密室の空間にいるのはグレースと、ビリーの二人きり。
「んー……なるほどここの摩耗が激しいわけだ。それなら新しいパーツに……」
視界に入るのが邪魔なのか、グレースは黒い横髪を耳にかけた。
その間も真剣な表情でビリーの右肩部を見つめている。
修理されている側のビリーはぼんやりと窓の向こうを見ていた。
隣の建物の壁が見え、外からは幼い子どもが笑っている声が聞こえる。
ここはグレースとクレタが暮らしている自宅。何故白祇重工ではなく、彼女の部屋へビリーが出向いたかと言えば――クレタから懇願の電話が来たからだ。
『――お前には悪いと思ってるけどよ、姉貴はここんとこ仕事詰めで全然家に帰ってねーんだ。会社で寝るったって、良くてソファだろ? もしあんたがいることで少しでも寝てくれるなるならせっかくだしベッドで寝てほしくてよ。良ければ修理は姉貴の部屋でして、タイミングが合えばそのままベッドで寝かしつけてやってくんねーかな……頼む!!』
と、電話向こうで頭でも下げていそうな勢いだったからか、ビリーは思わず「いいけどよぉ」と承諾してしまったのだ。
(でも、俺といることでぐっすり寝れる……なんて変な話だよなぁほんと)
修理されている手前体を動かすことはないものの、ビリーは心の中で首を傾げた。
「うん、これでどうかな」
とん、とグレースに肩を叩かれるとビリーは具合を確かめる為に自分の右肩をぐるりと動かした。
「おお、いい感じだぜ! サンキュー!」
グレースは今回修理した部分の交換パーツについて長らく語っていたが、ビリーはそれを話半分に聞いていた。その時ふと、以前彼女が言っていたことを思い出した。
「――前によぉ」
ビリーが話し出すと、グレースはきょとんとした顔で彼を見つめ返す。どこか悪い箇所でも他にあるのだろうかと思ったのだ。
「あんたがほら、子どもがどうとかって話……してたろ?」
「えっ? ああ……ハンスとグレーテルとフライデーのことかい?」
「あー名前は憶えてねーけどよ。そいつらって……その、壊れちまったのか?」
ビリーの心配そうな声色にグレースは口元を緩めた。
「彼らならこないだまでちょっと遠いところにいたんだけど、今は帰ってきてるよ」
「何!? 無事なのか!? 俺はてっきり壊れてもうスクラップにでもなってるのかと思ったぜ……」
「あはは、そんなことにはなってないさ。浸蝕が酷ければそうなってたかもしれないけどねぇ」
「浸蝕か。ホロウん中で作業する奴らなのか?」
「そうだよ。ウチの看板メカたちは論理コアを搭載したホロウ内特殊作業重機なのさ。訳あって元の状態に復旧するのに時間がかかっていてね。少し前までは検査の為に遠くにいたってわけ。復旧にかかりっきりになりたいところだけど……別の企業と提携している仕事もあって最近は大忙しさ。そのせいかウチの社長はいつも私の体の心配ばかりというわけ」
そう言うと、グレースの視線はドアへと向く。
ドアの向こう――正しくは部屋を出て廊下の先のリビングで、白祇重工の現社長であるクレタがテレビを見ている。クレタにとっても今日は休日だが、グレースがビリーに対して非人道的行為(無許可での分解など)を行わないかの監視目的でそこにいる。
「私はこんなに元気なのにねぇ?」
グレースはそう言って笑うと肩をすくめた。
しかし彼女の目元にうっすら見えるクマが日々忙殺されていることを物語っている。
ビリーはグレースの顔を何も言わずに見つめていた。
「……でもあの子のおかげで、君とのこの時間は本っっっ当に癒しになっているんだよ! だから是非とも修理以外に……気になっているパーツを眺めさせてもらってもいいかなぁ!?」
「ええ~……俺は修理してもらうだけのつもりだったんだけどよぉ……」
わくわくとした様子のグレースに、ビリーは片手で額を押さえた。
修理を格安でしてもらっている手前お願いを無碍にするのも悪いか――と思うのはビリーの心根が優しいからか、それとも押しに弱いのか。
「聴覚モジュールは元のままかい? それとも変えたりした?」
「おお、よくぞ聞いてくれたな! 実は今までに何回か取っ替えててよぉ、今のは断然グレードアップしてるしめちゃくちゃお得に買えたんだぜ~」
「へえ……少し見てもいいかい?」
ビリーが許可すると、グレースは彼の右耳に当たる部分へと手を伸ばした。工具を使って丁寧に外していく。
パーツ一つ一つを確認していくと、ビリーが言う『グレードアップした』部分がわかりグレースは唸り声を上げた。
「なるほど、確かに良質なものだろうけど……少しバージョンが古いんじゃないかな」
「一個前のバージョンだから安く買えたんだよ」
「うーん……安かろう悪かろうとは言わないけれど、最新バージョンにする方がやっぱり良いと思うなぁ。まあ、それはまた今度にしても、せっかくだからもっと聴こえが良くなるように改良してあげようか?」
「そんなことできんのか!?」
「少し弄るだけだけどね」
グレースはにっこりと笑うと、足元に置いているミニコンテナボックスからパーツを取り出した。
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