#4 「まさかダーリンなんて呼ばれる日が来るとは思いもしなかったぜ……」

「やあ、こんなところで会うなんて偶然だね!」
「こんなところでまであんたに会うなんてげんなりだ……」
「ええ? どうしてだい? 私は君に会えてこんなに嬉しいのに」

 ――ここは六分街、ゲームセンター<GOD FINGER>の入り口前。
 ビリー・キッドはちょうどスネーク・デュエルで顔見知りの学生たちに連勝して気分良く出てきたところだった。そこへ出くわしたのは向かいのコーヒー屋<COFF CAFE>へとやってきていたグレース・ハワード。向かい合った二人は対照的な表情をしている。

「いやー、せっかく会えたことだしぱぱっと君を解体させてくれないかな?」
「ぱぱっとでやることじゃねーだろっ!!」

 ビリーが半分涙目で反論していると、後ろからやってきた男子学生たちが「うわっ」と声を上げた。入り口前に立つビリーにぶつかりそうになったのだ。それに気づいたビリーが「わりぃ」と声をかけたが、高校生たちはそそくさとその場を離れていく。

「……あの機械人、人間の彼女いたのかよ嘘だろ……」
「え、あれって彼女なのか?」
「わかんねぇけど、女の人の方はやたらにこにこしてたしそうなんじゃねーの?」
「でもさー、機械人と人間ってどう付き合うんだ? お前わかるか?」
「わかんね」

 そんな会話をしながら男子学生たちは去っていく。ビリーは会話の様子を聞いていたが、聞かなかったことにしようと肩を落とした。目の前のこの女性が自分の彼女に見えるなど、モニカ様が理想の女性であるビリーにとって不愉快極まりない冗談だからだ。だがグレースの方はとても興味深そうに唸っている。

「なるほど、恋人か」
「……何だって?」
「ああいや、あの子どもたちが話しているのが聞こえてしまってね。どうやら私と君は恋人同士というように見えるようだ。どこをどうしたらそう見えるのか私には理解しかねるけれど……」
「あ、ああそりゃそうだよな」
「でもそれは私には足りない視点だったかもしれない」
「……?」

 グレースの考えていることがわからないビリーは首を傾げる。グレースはしばらく男子学生たちがいた方向をじっと見つめ何かを考えるようにし、それからビリーの方へ向き直った。

「今まで私は我が子としてメカたちと向き合ってきたけれど、君は私の子どもじゃない」
「当たり前だろ」
「我が子を愛するように君に接することができないのなら……

 恋人を愛するように接するというのがより良い在り方なんじゃないだろうか?」


 グレースはビリーを見つめる。
 ビリーはグレースを見つめ返し、固まった。

「………………うん?」
「そうだよ。それならビリー、ぜひ私の恋人になってくれないかい!?」

 ビリーはしばらく思考停止する。
 頭が回りだした時には
 
(ああ、そういや店長んとこに借りてたビデオ返しに行かねーとなぁ)
とか、
(猫又からこの辺の猫たちにご飯あげて来いって頼まれてたなぁ)
や、
(こないだの給料言われてた額より少なくなかったか?)
など、

 いろいろと浮かんできたせいで今しがた目の前の修理担当の女性に言われた言葉を飲み込めずにいた。

「おや、フリーズしたのかい?」

 グレースはそう言うとビリーの顔の前で手を振った。ビリーがはっとして後ずさると、問題なく機能している様子にグレースは安心した。しかしビリーの方は真逆で安心という言葉からは程遠いところに感情があるようだ。

「あんたの恋人?? って、俺が?」
「君以外に誰がいるんだい」
「いやいや、つーかあんたは恋人が機械人でいいのかよ!?」
「いいに決まってるじゃないか。人間の恋人なんて必要としていないさ!」
「………」

 グレースの目が輝きを増し始め、ビリーは言葉が出ずにいる。グレースはビリーの両手をがしっと掴み、握った。

「いやー、私も恋人という存在を持つのは初めてだからね。上手く恋人のように扱えるかはわからないけれど、君のことを生涯大事にすることは誓うよ!」
「生涯って……それって結婚って言うんじゃねーの??」
「結婚? 残念ながら現状では人類と知能構造体の結婚は法律的には認められていないからね……ああでも法定相続人になることは一応できるからその手続きでもしようか?」
「しないってーの! てか! ちょっと待て!」
「ん?」
「俺は恋人になるなんて言ってないからな!?」
「え? ああそうか、子どもとは違って双方の同意がなければ恋人という関係は結べないのか。なんと面倒なシステムだろう」

 グレースはぱっとビリーの手を放すと、眉間に皺を寄せて口元に手を添え考え始めた。

「うーん……でも別に……ああ……そうだ……」

 ぶつぶつと呟くのが止まらないグレースを置いて、ビリーはそっとその場を抜け出そうとした。修理されている場ならまだしも今は完全なるプライベート。関わらなければいけないわけではない。そう考えビリーは抜き足差し足で静かに背を向けたが――グレースはにっこりと微笑んで彼の肩を掴んだ。


 ガシッ

「ビリー」
「はい!?」

 びくりと体を震わせるビリー。
 ぎこちなく振り返れば、グレースは優しく微笑み首をわずかに傾けた。

「もしかすると戸惑わせてしまったみたいだね」
「え、まあ……そうだな」
「ごめんごめん、急に恋人だなんて言い出した私が悪かったよ」
「いやーわかってくれりゃ別に……」
「でも恋人という関係性を作ることができればきっと君もこれからもっと私の研究に協力的になるかもしれないと思ったから、私は君と恋人になれるよう努力を惜しまず接していこうと思う!」
「………はい?」
「それじゃ名残惜しいけど私はもう行くよ、今日はコーヒーを買いに来たんだ」
「………」

 笑顔のままグレースはビリーの肩から手を放し、その場を離れていく。

「またね、ビリー! ……いや、ここはダーリンと呼ぶ方が適切なのかな? 早くうちへ修理に来るのが待ち遠しいよ、ダーリン!」

 ひらひらと手を振り、きょとんとした周りの目も気にせずにコーヒー屋へと入っていくグレース。
 取り残されたビリーはどんな表情が適切なのかわからずに真顔のまま遅れて手を振り返した。

「まさかダーリンなんて呼ばれる日が来るとは思いもしなかったぜ……」

 この日からどういうわけか、機械人と技術屋の恋人ごっこが始まったのだった。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!