#3 今日は仕入れの日 - 2/2

 ***

「はい、お兄ちゃん!」

 リンの手から渡されたのはエスプレッソコーヒーと具だくさんのサンドイッチ。

「朝食べてこなかったでしょ? サンドイッチなら運転しながらでも食べれるかな〜って!」
「ありがとう、リン。でもさすがにこのサンドイッチは……こぼしそうかなぁ」
「あはは……やっぱり?」

 ありがたくコーヒーを頂戴して、車を発進させた。六分街まではあと三十分ほどだ。

「お兄ちゃん、あーん」
「ええ? あーん……」

 進行方向から目を逸らさずも、口を開いてみた。すると先程の具だくさんサンドイッチが口へと入ってきた。あむ、とかじってみる。具はこぼれていないだろうか。心配になったけれど、右から来る車が走り去るのを見送って駐車場から道路へと進入した。

「おいしー?」
「むぐ、むぐ……ごくん。うん、美味しい」
「やっぱり! こっちにしてよかった〜。手軽に食べれそうなフルーツサンドと迷ったんだけど、栄養ちゃんと摂ってほしいな〜と思ってこっちにしたの!」
「あの注文の様子は僕の栄養状態を心配してくれてたのか」
「え? 見てたの?」

 そう言ってまたサンドイッチが口元に運ばれ、僕は口を大きく開けてかじりついた。

「私も食べちゃお」

 助手席でリンもサンドイッチにかぶりついている。ちらりと見れば、口元についたソースをぺろりと舐めとっていた。

「うん! おいひーねー!」
「リンは食べ物買わなかったのか?」
「もちろん買ったよ? クッキーとスコーン! でも帰ってからでいっかな〜、あっためて食べるの!」
「そうか、その方がいいね」

 信号が赤になり、車を停める。するとリンの手がこちらへ伸びてきた。「ちょっとこっち向いて」と言われて向けば、人差し指が僕の口元を拭った。

「ついてたよ〜」
「うん、ありがとう。……でもまたつくと思う」
「あははっ」

 笑って、またリンがサンドイッチを僕にくれる。
 かじって、咀嚼する。
 飲み込んで、口を開ける。
 サンドイッチはまた運ばれてくる。

「夜寝る前に、サンドイッチを作っておこうか」
「朝食べるやつ?」
「うん。作っておけば、朝になって面倒に思うこともないはずだ」
「まあ、あれば食べるよね。材料あったかな?」
「食パンはあるはず。あとはトマトと……チーズかな」
「あるもので作ってみよっか! 私ジャムサンド作ろ〜」

 あ、と僕は口を開けた。
 次のサンドイッチを求めて。
 すると僕の唇にサンドイッチと違う感触がぶつかって、反射でそれを軽くかじった。

「いっ……」
「!?」
「あは、私の指でしたー」
「え!?」
「サンドイッチ最後の一口食べちゃった。ごめんね?」

 離れていく指を横目で見て、ため息を吐いた。

「思い切りかじってたらどうするつもりだったんだ」
「えへへー、好奇心が勝っちゃって」
「何をやっているんだか」

 好奇心だけで動くこの妹にはほとほと呆れてしまう。
 六分街が見えてきて、店舗裏の駐車場へと向かった。

「あー、次の仕入れはまただいぶ先になるかなぁー」
「そうだね、今回仕入れた分でしっかりお金を稼がないと」
「お店の売上もそうだけど、あっちの方のお仕事でもしっかり稼がないとね。お兄ちゃん」
「ああ、もちろん」

 車を停め降りると、荷物を降ろすためトランクを開ける。すると「あっ」とリンが僕を見て言った。

「もーまだついてる」

 笑って、手を伸ばしてきた。
 また僕の口元に触れる。

 拭いとったソースを、ちゅぱ、と吸った。

「……ッ、?」
「ん? お兄ちゃん?」
「あ、いや……なんか、寒気?」
「え!? 風邪!? もー、お腹出して寝てたんでしょ!」
「リンじゃあるまいし、そんなことしてないと思うけどな」

 早く入ろう、と言うリンに押されて荷物を抱えた僕は〈Random Play〉の裏口を開けた。
 中に入ればうちの可愛いボンプたちが出迎えてくれた。

「ンナ!」
「ただいまイアス! 留守の間に困ったことは無かった?」
「ンナ、ンナナ!」
「そっか〜、みんなで頑張ってえらいね!」

 リンが頭をそっと撫でてやると、イアスは自慢げにくるりと一回転した。可愛らしい反応に気を良くしたのか、リンはまたイアスの頭を撫でた。
 僕は奥の部屋に荷物を下ろすと箱の中に入れておいた長いレシートを取り出して見た。あとで登録しないと。棚に並べるのは明日にして、POPは……

「あとは私がやっておくよお兄ちゃん!」
「え?」
「風邪っぽいんでしょ? 寝てなきゃ」
「うーん、今はなんとも……」
「ほんとにぃ?」

 じぃっ、とリンが僕の顔を覗き込む。
 僕も何となくリンの顔を見つめ返す。

「………」
「…………」

 あんまり長いこと見てくるものだから、にらめっこでも始まるのではないかと思った。

「……あ、ははっ」
「え?」
「リンもついてるじゃないか」
「……え」

 リンの口元を拭ってみせる。
 さっき食べたサンドイッチのソースだ。
 口紅のように見えてわからなかったけれど、取ってみればやっぱりそうだ。

 その親指を、無意識に吸った。

「――ちゅ」
「……ぁ」
「ん? どうした?」
「ぃ、やなんでも……」

 急にリンの様子がおかしい。
 顔を赤らめて、そっぽを向いて。
 僕は首を傾げた。

「……私も、風邪かなぁ」

 頬を触って、熱を確かめてるようだ。

「なら今日は早めに休もうか」
「……うん」

 よろよろと歩くリンの背中を見送って、僕はH.D.Dの前の椅子にどっかりと座った。何やら肩が凝っている。

「はあ……なんだろうな、この疲れ」

 ぐるりと首を回して、目を瞑った。

『先程の助手2号とのやりとりは、イチャイチャというものですか?』

そんなFairyの音声が、意識の向こうで聞こえた気がした。

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