『ねぇ、お兄ちゃん』
彼女の指先が太ももを伝った。
「う……リン……?」
ジーンズの厚い生地越しでもわかる、しなやかな指先。
『ほんとはこういうこと、望んでたんでしょ?』
縫い目を辿って、ゆっくりと這い上がってくる。
「いや、まっ、待て」
制止しようとしたけれど、金縛りにあったみたいに体が動かない。
『私、お兄ちゃんのことならなんでも知ってるよ』
熱い吐息が僕の耳に吹きかけられる。
「だ、だめだ……リン」
ごくり、と生唾を飲んでうっすらと目を開ければ、慈愛に満ちた表情がそこにある。
『シてあげる、いくらでも』
ぴくりと反応した場所に気を取られて、次の行動を読むことができなかった。
『私はお兄ちゃんの妹なんだから』
リンの唇が、僕に触れる――
「……っ!?」
勢いよく飛び起き、ベッドの上で荒く呼吸をした。
「……はあ、はあ……っ、また」
顔を抑えて、目を瞑る。
先ほどまで目の前に広がっていた光景が、頭の中で作られた夢幻だということに気づき安堵する。と、同時に自分への嫌悪感を抱いて体を震わせた。
「なんて夢を見ているんだ、僕は」
――その時、ドンドンドン、と自室の部屋が叩かれる。
「お兄ちゃーん!? もう開店間近なんですけど~、起きないの?」
「え……あ」
時計を見て、随分と寝坊してしまったことに気が付いた。昨夜はプロキシの方の依頼をこなした後、ビデオ屋の仕事も遅くまでかかってしまった為にベッドに倒れ込んだのはほとんど朝方だった。リンは僕より先に寝たものの、それでも睡眠時間はそんなに多くないんじゃないだろうか。
「ごめん、今起きた」
ドア越しに返事をすると「もー!」という怒った声が聞こえてくる。
「早く降りてきてよね! 私、今日はカリンとデートなんだから!」
「……デート?」
訊き返したけれど、返事はない。ドアを開けたものの誰もそこにおらず、妹は颯爽と階段を下りていってしまったらしい。諦めて顔を洗いに行くことにした。
「ふぁ……だめだ、頭をしゃきっとさせないと」
洗面所で大きな鏡の前に立つと、己の姿に辟易とする。寝ぐせ、クマのできた顔、よれたTシャツ、そして厚いスウェットズボンの上からでもわかる下腹部の暴力的な膨らみ。男性の生理現象にげんなりとした。
「……別に、あんな夢を見たからじゃない。これは仕方ないことだよ」
誰に言い訳するでもなくぽつりと呟けば、冷たい水で顔を何度も洗った。
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