#10 不明瞭な気づき - 3/7

 ***

 一時間後、リンはティーミルクを片手にルミナスクエアの歩行者エリアを歩いていた。

「全くも~。書類を提出するだけだっていうのに、治安局はいつも人でいっぱいなんだから。並んでただけでもうこんな時間だよ。でもあとは遊んで帰れるし♪ こないだ来た時はあんまり楽しめなかったし♪ ふふふん、いっぱい遊んで帰ろ~っと! ……手持ちが少ないからお金はあんまりかけれないけど。……ん?」

 近くのニューススタンドに、見知った顔が見えることにリンは気が付いた。

「こんにちは、ライカンさん!」
「おや、これはこれはプロキシ様。今日はお一人ですか?」

 気が付いたライカンが、姿勢よくリンに向き直る。
 手には今買ったばかりのニュース紙が握られている。

「うん。ライカンさんこそ、一人?」

 そう聞きながら、リンは辺りを見回す。
 特に連れがいるようには見えない。

「いえ、カリンと二人で買い出しへ来ていたところなのです。とはいえ、カリンは今マッサージ店で指導を受けているところなのですが」
「デュイのおやじさんの?」
「ええ。通りかかって店主と少し話をしていたところ、カリンの腕を是非試したいというお客さんが来まして。カリンは最近耳かきだけでなく、全身マッサージも習得中なのです。今頃指導されつつお客様へ渾身のマッサージをしていることでしょう」
「へぇ~、私もカリンのマッサージ受けたいなぁ~」
「私どものサービスをご所望でしたらいつでもヴィクトリア家政までご連絡ください」
「あ、でも今節約中だから頼むのはちょっと厳しいかなー。あはは……。あ、そうだ。それなら私もマッサージ教えてもらおうかな! 簡単なの!」

 リンが両手でティーミルクのカップを挟みながら『お願い』のポーズを取ると、ライカンは「ふむ……」と考える素振りを見せた。

「全身マッサージであればそれなりに力も要りますし、もしかするとプロキシ様は習得にお時間がかかるかもしれませんね」
「ええ~。あ、それじゃあ肩もみは? それくらいなら上手くできるようになるかな?」
「そうですね、全身のコリをほぐすよりは……肩もみを習得して、どなたにされるのですか?」
「もちろんお兄ちゃんだよ! お兄ちゃん、最近ゲームのしすぎで肩凝ってそうだから~。私が肩もみをしてあげれば、お小遣いがもらえるかもだし♪」
「左様でございますか。それであれば、カリンでも私でもお教えしましょう」
「ほんと!? あーでも、こんな道端で肩もみ教室なんて始めちゃったら、何かと思われるよねぇ……」
「それでしたら、私どもの事務所までお越しいただくというのはいかがですか?」

 その時、一仕事終えたカリンが二人に気づいて駆け寄ってきた。

「こ、こんにちはプロキシ様!」
「こんにちは~、カリン。マッサージしてきたんだって?」
「は、はい! 初めてのお客様でしたが、カリンのマッサージを喜んでいただけました。少しだけ自信が持てて、カリン、とても嬉しいです」
「良かったね~。私もカリンに全身マッサージしてほしいなぁ……じゃなかった、私肩もみをマスターしたいの!」
「肩もみ、ですか? ぶ、不躾でなければ、カリンがお教えします!」
「では、私が肩もみをされる役を買って出ましょう」
「ライカンさんありがと~! それじゃ、ヴィクトリア家政の事務所へレッツゴー!」
「すすす、すみません! プロキシ様、カリン、まだ買い物の途中でして……」
「あれぇ? そうだったの? いいよいいよ、じゃあ私が荷物係するね!」
「ええ!? い、いえ! プロキシ様にお手伝いいただくわけには……」

 ちらり、とカリンがライカンを盗み見る。それに気が付いたライカンは少し考えるようにして――

「では、ご友人としてお手伝いをお願いしてはどうです。カリン」

 そう提案すると、カリンは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「友人……はい、あの、少しだけ、本当に少しだけでいいので! 持っていただけたら、とても嬉しいです」
「まっかせてよ! じゃ、行こ行こ! どこに買い物行くの~?」
「ええとですね――」

 カリンがメモを取り出しながら行先を話し始め、リンが相槌を打ちながら聞く様子を、ライカンは後ろから優しく眺めていた。さながらそれは子どもとその友人が仲良くする様を見て親心を覚えるようで……ライカンは一つ咳払いをするとその考えを隅に追いやった。

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