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「まあ。いらっしゃいませ、ガイドさま」
前に一度だけ来たことのあるヴィクトリア家政に辿り着くまで多少道に迷いはしたものの、どうにかインターホンを鳴らすことができた。出てきたのはリナさんだ。
「今日の夕食は賑やかになりますわね」
「すみません、急に」
「大丈夫ですわ。ガイドさまたちお二人の来訪は、ヴィクトリア家政の誰もが嬉しいことですから。今妹さまはカリンちゃんと――」
事務所、というよりは屋敷と表現する方が正しいだろうヴィクトリア家政の事務所内は前に来た時と同じように綺麗に掃除されている。置かれている花瓶の中の花は多分前とは違うのだろうけれども、綺麗に咲いていることは変わりないはずだ。リナさんに案内された先から声が聞こえてくる。部屋の中を覗けばリンがいた。
「リ……」
「ええっと、こ、こうです、こうするともっと力が入って――」
「う、ううーん、こうかな!? どう!? ライカンさん!」
「はい、先ほどよりも心地が良いです」
「良かったですね、プロキシ様!」
「はあ~~、でもライカンさんの肩じゃ大きすぎるよ。肩もみ大変すぎる~」
「それはそれは、申し訳ありません」
「お兄ちゃんの肩はもっと細いからさぁ、きっとこんなに力入れなくっても」
「で、では今度はカリンがされる役をやりますので……!」
わいわいとした雰囲気の中で、声をかけるのをやめた。
楽しそうにしているリン。
何してるんだい? と、いつものように声をかければよかったのに。
にこやかに笑うリンが、ライカンさんの肩に手を添えている。
僕ではない男に触れている様に
僕は、急激に頭に血が上っていくのを感じた。
「……っ!」
「ガイドさまっ?」
後ろに立っていたリナさんを押し退けて、慌てて玄関まで引き返す。
バタンと扉を閉めて外に出れば、玄関を灯す明かりの下で僕はしゃがみこんだ。
顔を両手で覆い、そのまま髪をぐしゃりと潰すように掴む。
――何をしているんだ。
ゆっくりと呼吸するも、震えて上手く息が吸えない。
――何をしているんだ。
吐き出した息が喉につっかえるようで、泣きそうになる。
「何してるんだ、僕は」
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