明らかに嫉妬だ。
ライカンさんに触れているリンを見て、激しく嫉妬した。
怒りを覚え、
引き離したい気持ちになった。
そうする権利など自分にはないのに。
自分が恐ろしくなって逃げ出した。
こんな姿を、こんな兄の姿を妹に見せたくない。
「――ガイドさま、いかがなさいましたか」
いつの間にか隣に立っていたリナさんに、問いかけられた。それでも僕は顔を上げることもできず、黙り込む。
「何か訳がおありのようですね」
「……リンは何か言っていたかい」
「いえ、まだガイドさまが到着されたことに気づいておられません。今頃ライカンが夕食の支度を始めているので、それについていったことでしょう」
「そうか」
そう言うと、長く、長く、息を吐いた。ふと、背中を撫でられる。
「ご気分が悪いようでしたら、少し横になられますか?」
「いや、大丈夫。少し、外の空気を吸っていたらよくなるさ」
「そうでございますか。それでは、良くなるまでこのリナがお供しますので、何かあればお申し付けください」
「何か……」
髪の毛を強く掴んでいた手を緩め、掌を見つめる。それから真っ暗になってしまった空を見上げた。
「あの」
「はい、なんでしょう」
「僕は時々、おかしくなるみたいなんだ」
「おかしく、でございますか?」
呼吸を整えて、頭の中を整理する。
口に出してもいい言葉はどれか、選んだ。
「リンが、どこで何をしていようとかまわないはずなのに、怒りにも似た感情を覚えてしまう。リンは小さな子どもでもあるまいに、こんなんじゃ、兄失格だ」
「さようでございますか」
「さらに言えば、僕は、時々リンに対して持っちゃいけない感情まで……本当に、時々……。いいお兄ちゃんでいなきゃいけないのに、これじゃダメなんだ」
「いいお兄ちゃん、で、ございますか」
「……リンを傷つけたくない」
「ガイドさま……」
僕の背を摩っていた手が止まり、隣に座っていたリナさんが立ち上がると、僕の目の前に腰を下ろした。
「これはリナの憶測でございますが……」
「……なんだい?」
「もしかするとガイドさまは、とてもとても長い間ご自分に暗示をかけてらっしゃったのかもしれませんわね」
「暗示?」
暗示――無意識下の操作・誘導。そういうものだろうか。一体何故、どんな暗示が、そんなことを考えるも、ぼんやりとした頭では何もまとまらない。
「いいお兄さんであろうとしたことが……その昔、あったのではないでしょうか。ガイドさまたちの過去に一体何があったのかは、わたしにはわかりかねます。ですがその結果今ガイドさまは、苦しんでおられるのかもしれません」
「……僕が、僕に暗示をかけたってことかい?」
「ええ、過分な憶測に過ぎませんが。ですが、『いいお兄さんであろうとする』暗示ならば……それは、妹さんの幸せを願ってかけたものかもしれませんわね」
「……うん、そうだ。僕はいつだってリンの幸せを願ってるよ。だからこそ、こんなふうに身勝手な感情に振り回されちゃいけないんだ」
「ですがガイドさま」
「なんだい?」
「ガイドさまも、ガイドさまご自身の幸せを願って良いはずですわ」
リナさんは僕に手を差し伸べた。
「人間というものは、かくも身勝手な生き物でございます。しかしその身勝手さも、他方から見れば違ったものになる場合も、あるかもしれないのです」
「どういうことだい?」
「人間、幸せになる為にはまず対話が必要ということですわ」
「対話……」
僕が手を取ると、リナさんは僕をゆっくり立ち上がらせてくれた。
「さあ、ガイドさま。いい匂いがしてまいりました。きっともうすぐ夕食の時間になります。中へ戻りましょう」
再度扉を開けてくれたリナさんに続いて、僕はヴィクトリア家政の事務所へと入っていった。
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