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「はぁ~、ライカンさんの作ったご飯美味しかったね~」
我が家に帰って来るなり、私はお兄ちゃんの部屋のソファにどっかりと座った。お兄ちゃんの部屋はいつも驚くほど片付いてるから、まるでホテルかのようにくつろげる。お兄ちゃんはというと、机に置きっぱなしになってたペットボトルの水を喉に流し込んでいた。
「あ、そうだ! お兄ちゃんはやくはやく!」
「ええ? ああ、うん」
私は部屋に来た理由を思い出して慌ててソファから立ち上がった。それからお兄ちゃんをソファに座らせる。
「ふふん、カリンとライカンさんに教えてもらったこのスキルで、しっかりお兄ちゃんの肩のコリをやっつけてやるんだから!」
そう言って体重をかけて肩をもみ始めると、お兄ちゃんの「イタタタタ」という声が聞こえた。しばらくの間お兄ちゃんは痛みに耐えるように肩を強張らせていたけれど、次第にほぐれてきたのかリラックし始めた。
「肩もみスキルさえも完ペキに身に付けるなんて、さすがは僕の妹だね」
「へへーん、もっと褒めてくれてもいいんだよ♪」
「お小遣いを期待してるのかい?」
「それは~……まあちょっとは?」
お小遣いはもちろん欲しい。けど、今はお兄ちゃんにしっかり満足してもらわないと。2回目からはもちろんお金を取らないとね~……なんて考えていたら、ふと昨日のことを思い出した。
『キス、ってしたことある?』
自分の言った言葉が脳内再生されて、恥ずかしさに震えそうになる。お兄ちゃんはどんな気持ちで聞いていたんだろうか。想像して、わからなくなった。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?」
「昨日のことだけど、さ……」
私がそう言うと、お兄ちゃんの身体が少し強張った。
知らないフリをして、話を続ける。
「あのね……その、急にごめんね。気にしないで! 私もなんであんなこと言っちゃったんだろ~、あはは……」
「……うん、わかったよ。気にしない」
気にしない、のかぁ。
って、ちょっとだけ残念に感じている自分がいる。
なんだろう、このもやもやした気持ち。
わからないのが悔しくって、肩をもむ手に力をこめる。
「――ああいや、でも答えさせてくれ」
「えっ?」
急に話し始めたお兄ちゃんに、私は驚いて手を止めた。
「僕はその、キスなんてしたことないんだ。いい年だってのに笑っちゃうよな。彼女もいないしね」
「彼女ほしいの!?」
思わずお兄ちゃんの肩に手を載せて身を乗り出す。
私の声がうるさかったのか、お兄ちゃんはちょっとの間耳を塞いでいた。
「……いや、欲しくないよ。彼女がいなくたって…………そういうリンこそ、彼氏が欲しいなんて言葉、今までに聞いたことがないな。独身至上主義かい?」
「そーゆーんじゃないってば。ただ今は……満たされてる、っていうか」
「満たされてる?」
肩もみを再開した。
そうしながら、自分の考えを再度まとめてみる。
「うん。なんていうかさ、寂しいから、彼氏が欲しいってなるわけでしょ? 私にはお兄ちゃんがいるし。彼氏とできることなんて、お兄ちゃんとだってできるじゃない。一緒に出かけたりご飯食べたり映画見たりー……」
「……でもリン」
「ん?」
「さすがにその、恋人とするようなこと、は、僕にはできないんじゃないだろうか」
「恋人とするような?」
「キスとか、そういうことだよ」
「……あ」
言われて、気づく。
恋人とするようなこと。
出かけたり、
食事したり、
映画を観るなんてのは序の口で。
手を繋いだり、
抱きしめ合ったり、
キスをしたり、
肌を重ね合ったり。
その瞬間、わっ……と、全身が熱くなった。
あ……
そっか。
私、昨日、お兄ちゃんとキスしたかったのかも。
「そ、そっかー! あは、あははは、そうだよね、あはは~……」
私が曖昧にそう返すと、お兄ちゃんは私を振り返って笑った。
「僕はこれまでも、これからも、リンのお兄ちゃんだからね」
「うんうん、お兄ちゃんはこれからも私の……お兄、ちゃ……」
これからも、私のお兄ちゃん。
そう口にすることで、何かが頭の中に見え隠れした。
幼い頃のお兄ちゃん。
お兄ちゃんの目の前にいるのは、私。
二人ともひそひそ声で何かを言っていて、小さく笑う。
これは幼い頃の記憶。
私、何かお兄ちゃんと約束した気がする。
「……リン?」
お兄ちゃんの問いかけに気づくまでに、数秒かかった。
私のこの、お兄ちゃんに対する気持ちの解析にはもう少しかかりそう。
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