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二階にあるリンの部屋の前まで来ると、扉が閉まっていた。アキラは少し躊躇ったが、すぐにドアをノックする。
「……はーい」
返事が聞こえ、アキラは部屋の扉をそっと開けた。
「リン?」
中を見ると、リンはソファの上にクッションを抱いて座っていた。アキラは中に入ると、静かに扉を閉める。そしてリンの隣に座った。
「怒ったのかい?」
「……怒ってない。だってお兄ちゃんがそーゆーとこ行かないことくらいわかってるもん」
頬を膨らませ駄々っ子のようにするリンに、アキラはふっと笑みがこぼれる。
「お兄ちゃんに女の人を近づけさせようとするトラビスさんにむかっとしただけ!」
「うん、そっか」
笑いを堪え切れず、アキラは口元に手を当てる。それを見てリンは少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、眉間にしわを寄せた。
「お、お兄ちゃんだって、私に男の人が寄ってきたら、嫌じゃない!?」
「うーん……そうは言っても、ビリーやアンドーさん、ライカンさんだってリンと話したりするだろう?」
「そ、それはそうだけどそうじゃなくて~!!」
「あはは、ごめんごめん。言いたいことはわかるよ。ああ、もちろん嫌だとも」
「………」
リンはいとも簡単にかわす兄に敗北感を覚え、唇を尖らせる。そしてさらに一層クッションを強く抱きしめた。
「……あのね、トラビスさんも悪気があって言ったわけじゃないことはわかってるよ。でもこれからもきっとああやって言ってくると思うな。お兄ちゃんに、彼女が出来ない限り」
「うーん、そうかもしれないね」
「あーあ。お兄ちゃんは私のだから! って、言えたらいいのに」
大きなため息を吐いて、リンはこてんとアキラの肩に頭を預けた。アキラも「うん」と優しく言って同じように頭を傾ける。
「やんなっちゃうなぁ~。せっかく両想いなのに、内緒にしてなきゃいけないなんて」
「仕方ないさ。理解が得られることじゃないんだから」
「……そーだけどぉ」
リンはきゅっと唇を噛み、寂しそうに遠くを見る。アキラはその視線の先を追った。壁に貼られている写真が目に入る。そのうちの一つは、幼い頃に描いた僕らの絵だ。
「リン」
名前を呼んで、アキラはリンの両目を左手で覆った。リンが何を考えているかアキラには手に取るようにわかったが、しばしの間忘れてほしかった。リンの両目が閉じるのを掌で感じ、アキラはそのまま頬を撫でた。
「店はもう開けちゃったから、今はこれで勘弁してくれるかい?」
そう聞いて返事を待たずにリンの顔をこちらに向けた。
アキラの唇が吸い寄せられるようにリンの唇に重なる。
「……ん」
口づけを受け入れ、リンは安心したようにアキラの首に抱きつく。
少しずつ啄 むようにキスをして、
温度を確かめるように体を寄せた。
もっと互いを感じたいと舌を絡ませ、
舌先を、口内を、隅々までなぞり合う。
「お兄ちゃん」
名前を呼び、少し漏れた息が熱く顔にかかる。
「ん、なに」
「私以外の、誰ともしないよね?」
リンの寂しそうな声が耳に届くと、アキラはリンの後頭部を優しく抱いて撫でた。
「しないとも」
「うん」
「リンこそ誰ともしないといいんだけどな」
「しないよ? 当たり前でしょ?」
むっとした返事に、アキラは笑った。
「あともう少しだけ、お客さんがこないことを祈ろうか」
アキラがリンの髪を指に絡ませそう言うと、今度はリンから唇を寄せた――。
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