#3 「私と君で可愛い子どもを作ろうじゃないか!」 - 2/3


 ***

 グレースがビリーの真横に立ち、聴覚モジュールの設定をしている。一番外側のカバーパーツをカチリとはめると、グレースは満足そうに頷いた。

「うん、これで良し」
「もう終わったのか? あ、あー、確かに前より聞きやすい気がする!」
「良くなったのは遠くの音の聞き分けと、あとは近くの音の細部の拾いやすさかな」
「近くの音?」
「うん。ええとね――」

 グレースは少し屈むようにして、ビリーの右耳部分に口を寄せる。
 小さく息を吸う音が聞こえた。


「……こういう、

 吐息混じりの音も、、、、、、、、

 聴き取りやすくなったんじゃないかな?」

 
 ――ぞわわわわわっ!

 と、
 全身に静電気を帯びたような感覚がビリーを襲った。

「!!!???」
「あははは、その反応は良好ってことだね!」
「な、なんだぁ今のは!? なんつーか、空気を音で感じるっつーか、聴覚モジュール自体に温度の知覚機能はねーはずなのに生暖かさみたいのを感じるっつーか!」
「うんうん、的確なレビューだね。そんなに喜んでもらえてお姉さんとっても嬉しいよ」
「これすっげぇな! もしかすっと、モニカ様の声も今まで以上に細部まで聴き取れんじゃねーのかぁ!? フゥ~~~ッ!!! 帰ってからが楽しみだぜぇ!! ……ま、邪兎屋でのテレビ争奪戦に勝てたらの話だけどよぉ」

 嬉しそうに椅子から立ち上がり飛び跳ねんばかりの少年然としたビリーに、グレースは首を傾げる。

「君はそのモニカ様っていうのに恋をしてるのかい?」
「あ? あー……ま、まーなぁ。へへっ、ただの憧れだけどよ~~」

 恥ずかしいのか照れた様子のビリーはすとんと椅子の上にまた腰を下ろした。グレースはそれを微笑ましく見ながら工具を片づけている。

「ふむ……グレーテルの初恋は真白くん――建築物だったわけだけれど。機械人が人間に恋をすることもあるんだなぁ」
「真白くん? 建築物??」
「ああ、ウチのホロウ内特殊作業重機がね、真っ白な建物に恋をしたんだよ。最後には真白くんはウチの子を自分の命と引き換えにその広い胸で守ってあげてね。いやぁ、あの時はとても深いラブストーリーを見せてもらったなぁ」
「あー……何言ってっか俺にはわかんねーや」

 ビリーは理解しがたいことを表すように目を細めてグレースを見つめた。工具の片づけが終わったグレースは不思議そうに数回瞬きをしてベッドに座り込む。

「ええっ? 君だってそうだろう? 自分と全く違う“生物”に恋をしている。もし君がそのモニカという女性とお付き合いすることができた場合、君たちは一体どんな恋愛をすることになるんだろう?」
「そりゃーもちろんモニカ様と一日中デートするに決まってんだろ!」
「どんなデートだい?」
「モニカ様の行きたいところに連れてってよぉ、ショッピングなんかもいいよなぁ、映画も観に行ったりして? 喜ぶモニカ様の顔を間近で見てよぉ」
「なるほど。それじゃあ君はモニカという女性の観察をしたいわけだ。私と似ているね。私もかわいこちゃんの構造を観察するのが好きで――」
「いやいやいやいや、観察ってなんだよ!? デートだぜ? デートっつーのは好き合ってるもん同士がよぉ、こう……」

 ビリーは自分の中にある『デートというもの』を説明しようとしたが……続きの言葉は出てこなかった。静まり返る機械人にグレースは興味深そうに目を細めた。

「ふむ、もしかすると君は人間という生物がする行動を真似たいのかな」
「へ?」
「例えば同じ行動をして感覚を共有したり、はたまた接触しては温度を感じてみたり、あとは生殖行為に勤しんで種を残すことを目的としてみたり」

 グレースの言葉に、ビリーは「うーん」と唸り首を傾げた。

「生殖行為ってよぉ。俺様は機械だぜ。そういうのはできねーのわかるだろ」
「そうだね。いやでも万が一君が君という種を後世に伝えたい、または更に進化した形で新たに開発したいというのならそれは君が憧れる人間ではなく……まさに私が適任じゃないかな」
「…………何だって?」
「ほら、君が子どもを作りたい時は私を頼ってくれればいいということだよ。もちろん現段階では君の技術を全て把握することは不可能だが、いつかはきっと君のことを全部理解してみせるその時は――


 私と君で可愛い子どもを作ろうじゃないか!」

「なぁ、その台詞すごく誤解を生みそうだと思うのは俺だけか?」

 まるで憐れむようにビリーは肩を落としグレースを見た。しかし彼女の方は何か新たな目標でも見つけたかのように目を輝かせて何事か呟いている。

(このまま放っておくと本当に俺の後継機を作りそうな勢いだな)

 しかし<火力制圧用高知能戦術素体>である彼の後継機が……一体どんな目的でどんな用途で作られるのか。ビリーはしばし考えたのち、結論を出すのをやめた。

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