ヒミツの有給休暇 - 7/8


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「セス坊よ、昨日は有給休暇を取っておったそうだな? ゆっくりと休むことはできたか? それとも何用かであったか」

 お茶をすす りながら青衣がそう問いかける。セスは書類に落としていた目をそこに座る玉偶に向けた。

「青衣先輩……あー……その、はい、ゆっくり休めましたよ」
「それはよきかな。……どうしたセス坊、何やら浮かない顔をしておるぞ」
「えっ、そうですか?」
「ふむ……自分でも気づいておらなんだか……」
「? 何です?」

 セスが首を傾げると、青衣は一息吐いて湯のみをデスクに置いた。

「まこと実直なセスが斯様かよう に虚ろな目をするとは……これは、人の世では一度は必ずかかるとも言えるあの病であろ」
「や、病? 病気ですか!?」
「うむ……その名も」
「その名も?」

「――『恋』という」

 ぽかんとするセス。その後ろで顔を赤らめ口元をバインダーで隠す朱鳶。

「セスくんが恋ですか」
「うむ」

 朱鳶と青衣は顔を見合わせ、感嘆にも似た声を上げた。それを見ていたセスは苦い顔をしている。

「あのー先輩方、人の気持ちを勝手に決めつけるのはやめてくれませんかね」
「あっ、そうよね、ごめんねセスくん」
「なんだセス坊よ、恋ではないというのか? ならば一体何だというのだ」
「恋かそうじゃないかなんて知りませんよ。オレは別に……そういうの、思い当たりませんし」
「セスくんごめんね、先輩が変なこと言うから……」

 その時、朱鳶が視線をドアの方へと向けた。

「あら、ジェーンお疲れ様」
「ジェ、ジェーン先輩!?!?!?!?」

 ドンッ!
 ドサササササ!
 ガチャン!

 勢いよく椅子から立ち上がったセスの脚が机にぶつかり、
 机の上に山積みになっていた書類は雪崩落ち、
 そのせいで隣にあった花瓶が床に割れ落ちた。

「うわわわわっ、す、すみませんすぐ片づけますんで!!」

 セスが慌てて雑巾とちりとりを持ってきて割れた花瓶を片づける。書類は朱鳶と青衣で元の場所に戻してやった。

「失礼します!」

 戸口に立っていたジェーンの横をセスが通り過ぎていく。少しばかり顔が赤いのをジェーンは見逃していなかった。

「もしかしてアタイ……お邪魔しちゃった?」

 ジェーンの問いに、朱鳶は「問題ないわ!」と慌てて手を振る。青衣は再び席に腰を下ろして茶を啜っていた。

「なるほど、これは一筋縄ではいかぬかもしれぬな」
「なぁに、どういうこと?」
「ジェーンよ、セス坊に何かしてくれたのではあるまいな?」
「何かー……んー、そうねぇ……」
「ジェーン、セスくんと何かあったんですか?」

 青衣と朱鳶に見つめられ、ジェーンは唇に指を当て「んー」と考える素振りを見せる。

「わからないわ。アタイ、あの子に何かしちゃったのかしら」

 ジェーンが肩をすくめると、青衣と朱鳶は顔を見合わせた。

「アタイが聞いてみるわ。二人は気にしないでお仕事しててくれてかまわないから」

 部屋を出ていくジェーンに、朱鳶は「よろしくね」と声をかけた。
 ――割れた花瓶を捨てに行ったのだとしたらゴミ箱の置いてある給湯室だろうか、とジェーンは廊下を歩きながら考えた。給湯室は廊下の先だ。がしかし、着いてみればセスはそこにはいなかった。

「あら?」

 いなかったが、給湯室には先ほど割れてしまった花瓶に生けられていた花がガラスコップに入って置かれている。代わりの花瓶がなかった為にそうしたのだろうか、ジェーンは口元に手を添えてセスの行先を考えた。

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