#6 甘い香りに誘われて - 2/2


 ***

「ん、しょっと」

 手に持っていた小ぶりな段ボールをキッチンテーブルの上へと載せる。
 家電量販店で無事ワッフルメーカーを購入した二人は、その後悠真の部屋へと帰り着いた。
「ね、ね、これでワッフル食べれるよね!? 今日はワッフルパーティ!?」
「まさか夜ご飯をこれだけで済ませる気?」
「え!? 夜ご飯はちゃんと食べるよ? おやつじゃないの?」
「もう夕方近いんだから今からたくさんは食べちゃだめでしょ」
「だめなの~!?!?」

 がっかり、というように蒼角は肩を落としたが、悠真がてきぱきと準備をしている様子にまたわくわくした表情が戻ってくる。

「お試しで作ってみるだけだからね」
「はーい」
「じゃ、蒼角ちゃんは生地作って」
「わかった! がんばる!」

 蒼角は先ほど検索した生地の作り方を悠真のスマホで見ると、買ってきたホットケーキミックスを手に取り、卵やバターを準備した。
 悠真はワッフルメーカーの余熱を済ませると、一緒に飲むコーヒーを落とし始めている。
 温まったワッフルメーカーに、悠真に手を添えられながら蒼角がそろりそろりと生地を流し込んだ。

「これ、ふた閉めていいの!?」
「いいよ」

 そんなに楽しいのか、蒼角は目を輝かせながらそっとワッフルメーカーの蓋を閉じた。そして中がどうなっているかわからないそれをじいーっと見つめている。耳がぴくぴくんっと動き、尻尾がゆらゆらと揺れる様は「まだかな、まだかな」という声が漏れ聞こえるようだった。

「――もうそろそろ開けて見よっか」
「開けていいの!?」

 時間が経ち悠真に声をかけられると、きらきらと輝く瞳は「待ってました!」と言わんばかり。そしてワッフルメーカーの蓋を開けた。開けた瞬間からふんわりと香りが立ち上り、それが蒼角を包み込むと彼女は目を見開いた。

「美味しそう!」

 熱々のワッフルを二つそこから取り出すとお皿に載せ、出来立てのものを二人で手にした。

「火傷しないようにね」
「うん! いただきまーす!」

 はむ、
 と優しくかじる。
 蒼角は小さなワッフルを大事に大事に食べるように角から食べ進めた。

「はふっ、しゅごいっ、はっ、あむっ……あちっ、あ、んっんっ……む……わっふる、おいしい!」
「うん、美味しいね」
「もういっこ! もういっこ作ろ!?」
「じゃあ生地入れて」
「うん!!」

 今度は悠真の支えなく、蒼角は生地をワッフルメーカーに流し入れる。
 悠真はまだ半分も食べていないワッフルを皿に置くと、コーヒーカップに口を付けた。そしてリンゴジュースの入ったガラスコップを、ワッフルメーカーの蓋を閉じ終えた蒼角の方へと手渡す。

「喉つまりしないようにね~」
「うんっ……ん、ごくっごくっ……ぷはぁ~! あれれ、ジュース全部なくなっちゃった」
「一気飲みしないの」
「で、でもぉ~」

 しょんぼりとした様子の蒼角に、悠真は紙パックを手にりんごジュースのおかわりを注いでやった。

「ね、ね、ハルマサ! わたしこれなら朝ゴハン準備できるよ!」
「ん?」
「ハルマサが寝てても~、わたしがワッフル作って、ジュース入れて、朝ゴハンだよ~! って言うの!」
「それはまず僕より先に起きれるようになってからじゃない?」
「ええ~! お、起きれるもん~!」
「じゃあまずは明日やってみてもらおうかなぁ」
「まかせて!」
「あとコーヒーも一緒に用意してくれると嬉しいな」
「うっ……コーヒーは、入れ方よくわかんないんだよぉ~」

 唇を尖らせ、蒼角はキッチンの隅に置かれたコーヒーの粉のボトルを見遣る。悠真がコーヒーを淹れる様子はいつも見ているのだが、どうにもその『スプーンで計り、お湯を注いでいくだけ』の工程が頭には入らないようだった。

「あーあ、蒼角ちゃんがコーヒーも淹れれるようになったら、僕はゆ~っくり朝眠れるんだけどなぁ~」
「う、うう~……」

 しどろもどろになる蒼角の横から手を伸ばし、悠真はワッフルメーカーの蓋を開けた。先ほどよりも香ばしい匂いが漂う。

「ほらほら、放っておくと焦げちゃうよ」
「あ! ご、ごめん~!」

 新たなワッフルが焼き上がり、それを皿に移す。
 今度は食べている間に次の分が焼けるように、と蒼角は生地をまたワッフルメーカーに流し込んだ。

「これで最後かぁー、もっと食べたいのになぁ」
「次作る時は、もっとジャムとかチョコソースとか用意したらいいでしょ」
「え!? トッピングってこと!? ハルマサ頭良い~!!」

 目を輝かせ、蒼角はワッフルにかぶりついた。もぐもぐと口を動かす様はまるでハムスターのようで、そんな小動物然とした大食らいを見て悠真は笑った。

「こないだヴィクトリア家政のチビすけが作ってくれたワッフルと今日のワッフル、どっちが美味しい?」
「う~~~~~~~ん……こないだのワッフルの方が、美味しかった!」
「あははははっ! ま、そりゃそっか~」
「でもでも! これは、えーっとね、美味しいトッピングがかかってるから!」
「トッピング? 何もつけてないじゃない」

 きょとん、として悠真が首を傾げると――蒼角はにへらと顔を緩めて笑った。

「ハルマサといっしょに作ったワッフルだから、美味しい!」

 にっこり笑う彼女の口の端についたワッフルのかけらを、悠真は愛おしそうに指先で拭い取った。

「うん、それは美味しいに決まってるね」
「……最後のもうそろそろ焼けたかも!」
「はいはい、最後のはどっちも蒼角ちゃんが食べていいよ」
「ほんと!? ハルマサありがと!」

 蒼角はお礼の言葉と共にぎゅうっと悠真に抱き着くと、少し背伸びをして唇を寄せた。悠真は応えるように唇を合わせ、頭を撫でてやる。

「……ほらほら、焦げるよ?」
「わー! 焦げちゃだめ~!!」

 蓋を開ければ、熱い湯気と共にさらに甘い香りが部屋に立ち上った。

<了>

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