「蒼角ちゃん、明日午後休取って海行かない?」
「海!? 行く~~!!」
──この日出張でオフィスを離れていた月城柳は、戻ってきた翌日昼に六課課長・星見雅から「安心しろ、判ならきちんと押した」と言われるのであった。
***
「ハルマサ! 海、見えてきたよ!」
トンネルを抜けてすぐ、電車の車窓いっぱいに映ったのは広い海。蒼角は座席の上で正座をするようにして外を見ては嬉しそうにはしゃいだ声を上げていた。
「蒼角ちゃん、もう少し静かな声でね~」
「ええーでもこの車両、お客さんわたしとハルマサだけだよ?」
「うーんまあ確かに貸し切り状態だ」
「ねーねーこれから行くところって、『りぞーと』っていうのなんでしょ? お客さんがいーっぱい来るんだよね!? 蒼角、ハルマサとはぐれないようにしなきゃ」
「そうだねぇ、ほんとに人がいっぱいなら迷子になっちゃうかもだけど……ま、大丈夫でしょ」
「?」
悠真が肩を竦めている様子を横目で見ると、蒼角はまた車窓の景色へ張り付くようにした。太陽光に照らされてキラキラと反射している水面が美しく、蒼角は思わずにんまりとしてしまう。
「ね、お魚いっぱいいるかな!?」
「ええ? 魚釣りしたいの? 海で泳ぐんじゃなくて?」
「だって蒼角水着持ってきてないよ!」
「水着ならショップがあると思うけど……」
「服のお店もあるの? じゃあアロハシャツとかある!?」
「アロハシャツ~?」
「海だもん、着てみたい!」
照らされた海と同じようにキラキラと輝く瞳。それを見て悠真は笑った。
「はははっ、いいね。じゃあお揃いの買おうか」
その時、ちょうど車内でアナウンスが流れた。二人が降りる駅はもうすぐのようだ。蒼角はわくわくした様子で窓に背を向け座席に座り直すとぴしっと膝を揃えた。
が、ふいに横を見る。
悠真が腕を組んで目を瞑り、少しだけ口角を上げている。
「……ハルマサ、たのし?」
そっと顔を覗き込むようにして蒼角が悠真を見上げた。
「え?」
「ハルマサ、にこにこしてる」
「それは……蒼角ちゃんを見てると楽しいからね」
「えへへ、蒼角が楽しいと、ハルマサも楽しい!」
「そーだよー。ほら、もう着く。降りる準備して」
「はーい!」
ゆっくりと停車する電車。蒼角は座席からぴょんと立ち上がると駆け足でドアまで向かった。
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