#9 恋人の話 - 1/2

 時刻はPM12:15
 普段は殺伐とした業務に眉間に皺が寄る職員たちも、今この時間はH.A.N.D.の食堂にてほっとしたひと時を送っている。その中には大きく直立した耳をわずかに揺らした対ホロウ六課課長・星見雅も席についていた。目の前にあるのは今日の定食Cランチ。焼き魚がメインのようだった。

「お、課長も魚ですか~?」

 そう言ったのは対ホロウ六課斥候・浅羽悠真。手に持つトレーには同じくCランチ、そしてその傍らには緑のパッケージの野菜汁飲料──『とっても濃い!』と書いてあるのを見るに、かなり人を選びそうな味であることは想像がつく。

「悠真、ここへ座れ」
「じゃあお隣失礼しまーす」
「うむ」

 雅に促されると、悠真は隣の席につき野菜ジュースのパックにストローを刺した。

「お前とは予てよりゆっくり話したいと思っていたのだ」
「ええ? なんです急に改まって。仕事の話でしたら嫌ですよ僕」
「見ろ、悠真」
「はい?」

 雅が視線で目標を示した。悠真もすぐさまその視線を追って目を細める。
 食堂の入口付近に見えた人影は二つ──本日悠真や雅とは別に内勤業務をしていた蒼角と月城柳であった。

「二人がどうしたんです?」
「お前は蒼角の恋人となってからもう随分経つだろう」
「はあ……まあ、かれこれ数か月は経ってますけど」
「実は私にも恋人ができた」
「はっ、ええ? 課長にですか? そりゃまた物好きな人もいたもんだ……」
「どういう意味だ?」
「いやあ、課長の修行好きについてこれる人じゃないと恋人なんて務まらないでしょうに」
「ああ、そういうことなら、そうかもしれないな」
「それでそれで、どんな人なんです? 課長の恋人さんってのは」
「今見ただろう」
「はい?」

 雅の視線が一点に定まる。
 もう一度、悠真はその視線の先を追った。
 そこにいるのは我慢できないといった様子でメニューを見ている蒼角と、
 それを優しく母のような微笑みを浮かべて見ている柳。

「……まさか副課長ですか?」
「それ以外に誰がいる?」
「………」

 悠真は手の中の野菜ジュースをぢゅうと吸うと、眉間に皺を寄せた。

「………………うーん、おめでとうございます」
「ああ、とてもめでたいことだと思っている」
「それでなんです? まさか僕相手にノロケ話でもしたいってことですか? 僕、人のノロケを聞くのは苦手ですよ」
「何故だ?」
「何故って……だって返事に困りません!? 『彼女が可愛すぎて写真を撮ったら怒っちゃって、でもその怒った顔も可愛くて~』とか! 『家に行ったらご飯作ってくれてすんごく美味しくて、早く結婚できたらいいのに~』とか! そんなん聞かされて! 僕は! なんて答えると思います!? 『へぇ、そうなんだ。そりゃよかったね』これだけですよ!」
「悠真は惚気話を聞く機会がよくあるのか?」

 ほう、と雅は感心したように瞬きをした。
 対して悠真の表情には暗雲が立ち込める。

「五課に彼女できたてホヤホヤの奴がいるんですよ、最近よく外勤で一緒になることが多くて」
「そうか。ではお前も惚気話とやらをし返せばよいではないか」
「課長……一応僕と蒼角ちゃんが付き合ってるってことは大っぴらにはしてないんですよ、わかってます?」
「むぅ、そういえばそうだったな」
「課長だって、月城さんと付き合ってるってことは内緒にしておいた方がいいと思いますよ」
「何故だ?」
「課長……僕らはね、H.A.N.D.のアイドル部門なんですよ」
「あいどる部門?」

 雅は眉をひそめ、小首を傾げた。

「一般市民たちは僕たちの功績を見て『きゃーかっこいー!』『六課さまさまー!』『今日も私たちを守ってー!』って騒ぎ立てるわけなんです」
「ああ、六課は確かに市民の安全を守る為ホロウで戦っている」
「で、そこにですよ! ただの憧れのみならず! 込み入った疑似的恋愛感情なんかも含まれるわけで! 僕や! 課長や! さらには副課長にあの小さくて可愛い可愛い蒼角ちゃんにまで……!」
「ふむぅ……詰まるところ、どういうことだ?」
「……僕たちにそれぞれ恋人がいる、さらには六課の中で乳繰り合っているなんて知られちゃあ大問題ってわけです」
「乳繰り合う……確かに柳の豊満な乳にはいつも熱を上げずにはいられないが──」
「今具体的にそういう話が聞きたいんじゃあないんですよ!」
「端的に言えば、互いの恋人を褒め称える機会が他の者よりも極めて少ない、ということだな?」
「まあそうですね」
「それであればやはり、私たちは互いに良き相手ということだ」
「?」

 雅はトレーの上に載っていた湯呑を持ち上げ、一口啜った。一瞬表情が見えなくなった彼女の顔を、悠真は緊張した面持ちで見ている。

「……悠真」
「なんです課長」

「今から互いに『我が恋人の良き点』を語り合おうではないか」

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