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「……蒼角ちゃん、それ気に入ったの?」
そう悠真に問われた蒼角の口元には、ピョロロロローと不可思議な音を鳴らす笛のおもちゃが一つ。
「だってこれね、吹くとココがびょーんて伸びるんだよ! すごいでしょ!?」
そう言って蒼角はまた笛をピョロロロロー、と鳴らす。確かに笛を吹く度その先端の紙でできた部分が前方に伸びていき、そして戻ってくる。
──蒼角が食べたラーメンは《滝湯谷・錦鯉 ルミナ店》の本日分のスープと麺を切らしかねない様子だった為、店主のチョップJr.が「今日のところはここまでで勘弁してほしい」とお詫びのつもりで子ども用おもちゃ(と缶ジュース)を渡したのがこの笛を手にした理由である。
おもちゃをもらった蒼角は目を輝かせ、
支払いを済ませた悠真は顔を引きつらせ、
そして今帰りの地下鉄へと二人は向かっている──
「……ハルマサ! お薬飲んで、元気になった?」
「ん? あーそうだねぇ~……ま、だいぶマシにはなったかも? 本音を言えばもーちょっとだけそのへんでぶらぶらしていたかったわけだけど……」
「ぶらぶら? ハルマサ、もしかしてお仕事サボるつもりだった!? お薬ないってのは嘘!?」
「あははは、そろそろ薬をもらいに行かなきゃいけなかったのはほんとだって~。でも蒼角ちゃんがいるんじゃあんまり長々とおサボりはできないよね」
「そうだよ! 早く帰らないとナギねえに怒られちゃう! ナギねえもう戻ってきてるかなぁ……うう……」
心配そうに眉を下げる蒼角に、悠真はぽんぽんと頭を優しく撫でてあげた。
「大丈夫大丈夫、蒼角ちゃんは……『浅羽隊員の具合が悪そうだったので私が看護していました!』って胸張って言えばいいんだから」
「カンゴしていました? うーん、そうだよね。わたしはハルマサが倒れちゃわないか心配だったからついてきたんだもん」
「そーそ」
──地下鉄駅の階段を降りちょうどよくやってきた車両に乗り込むと、二人はまばらにいる他の乗客同様席に座った。
車内は静かで二人も特別話すこともなく、蒼角は笛をそっとポケットに仕舞うと大きなあくびをした。おやつ時に食べたラーメンは少しばかり眠気を誘ったようだ。
「ハルマサぁ……」
「ん?」
「わたし、寝ちゃうかもだから……着いたら起こしてぇ……」
「はいはいわかったよ。ゆっくりお休み」
そう言い終わるか終わらないかのうちに隣から寝息が聞こえてきて、悠真は呆れにも似たため息を吐いた。
「僕も寝ちゃおっかなー。で、そのまま終点まで寝過ごしちゃったり」
そんな願望を呟いて少し目を伏せる。
眠気は無い。
細く目を開けて、
反対側の暗い窓に映る自分と蒼角を眺めた。
蒼角は重たそうに頭を傾けている。
悠真はそれを自分の肩に寄せ、支えになってあげた。
「んん……えへへぇ、あと一杯、あと一杯だけぇ……食べてもいい……? むにゃむにゃ……」
蒼角らしい寝言が聞こえてくる。車内はゴオオオオという走行音のせいでうるさいが、その声は悠真の耳にはしっかり届いていた。
「夢でもまだ食べてんのか。育ち盛りってのは怖いねぇ~」
悠真は口元を抑えてくすくすと笑った。
それから足を組み、腕を組んだ。
蒼角の頭を揺らさないよう、
これ以上身動きは取れない。
軽く息を吐いて隣に置いた薬の袋を見た。
「お薬飲んで元気に、なーんて、別になんないけどね。
……まあでも今日は、いい気分転換にはなったかな」
それからもう一度目を伏せた。
「──浅羽隊員、蒼角をサボりに付き合わせないでください」
六課に戻って第一声。月城柳が発したその言葉に悠真は笑顔を引くつかせ、蒼角は涙目になった。
「いやだなー副課長、サボりじゃなくって蒼角ちゃんは僕の身体を心配して一緒に薬局まで行ってくれただけで~」
「そ、そうなのナギねえ! ハルマサが! お薬なくって倒れそうだって言うから! わたしハルマサを見張ってたの! カンゴだよ!」
「なるほど監護ですか。それならどうして、蒼角からニンニクの匂いがするんでしょう? まさか薬局へ行ったついでにラーメンを食べてきたなんてこと……ないですよね?」
眼鏡のレンズがきらりと光る。
その奥の瞳は、冷たくも二人を捉えた。
「お二人とも、明日迄に反省文を提出してくださいね」
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