#5 先輩と後輩 - 2/6

 ***

「──浅羽さんが来なかったらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ~」

 別の課の「指導員」である男性執行官はほっと胸を撫で下ろすと悠真の横に並んだ。無事後輩指導についての会議に間に合い、今後の指導予定とスケジュールを組むことができた。 後輩は数人いてそれを二人の指導員で見るというのだから大変な負担だな、と悠真はため息をついた。

「それで、一応あの子たちについての資料はざっと目を通したけど……これから配属が決まるってことなんだよね」

「はい。まあ大体の目途はついてるらしいんですけど、今回の指導で様子を見て配属先を確定という感じらしいです」

「なんでそれを僕ら現場にやらせるかなぁ~、無駄に仕事が増えるだけじゃん」

「まあまあ……」

 そうぼやくものの、仕事が無くなるわけでもなし。悠真は諦めてその執行官に別れを告げると近くの自動販売機に寄った。いくつか売り切れのランプがついている。そのほとんどはコーヒーだ。自分の目当てのコーヒーが売り切れていることに気が付いて悠真は苦笑いをした。

「あーあ、ツイてない」

 そう言って自販機を離れようとするものの、ふと上段の飲み物に目が行く。別に何の変哲もないペットボトルのミカンジュース。ただそのラベルには『これで今日も元気いっぱい!』の文字。果たしてこのH.A.N.D.で一体誰がこのミカンジュースで元気いっぱいになれるのか。売り切れ多数のコーヒーが現実を物語っているじゃないか。と、わかり切っているはずなのに、悠真はそれに手を伸ばした。

 ──ガコン

 落ちてくるミカンジュース。

 拾い上げ、それを顔の前に持ってくる。

 もちろんこれは悠真が飲む為じゃない。

「……これで元気いっぱいになれるのなんてさぁ、あの子くらいじゃん」

 そう呟いて、吹き出す。そしてさあ六課に帰ろうかと(きびす)を返した時だった──。


「──だからさ、俺、めちゃくちゃラッキーだと思うんだよね。今日は蒼角ちゃんにも会えたし!」

「ちょ、ここではやめとけって。一応先輩つけないと……」

「あ、そっか。昼に会った蒼角先輩も可愛かったな~! 明るくてニコニコしてて俺なんかにも優しくしてくれてさ~」

「お前ほんとここ最近ずっと蒼角先輩ばっかだよな」


 自販機が置いてあるこの場所から少し向こう、角を曲がればそこにはベンチが置いてある。そこに誰かが座っているのだろう。その誰かたちの会話が聞こえてきたのだ。悠真は気取られないようそっと壁にもたれた。

「いやーほんと同じH.A.N.D.所属になれてよかった~」

「でもさ、蒼角先輩ってその……見た目はめっちゃ子どもじゃん。ほんとにいいわけ? あーゆーのが」

「はあ? あの愛らしいのがいいんじゃねーか。無垢な感じがたまらなく庇護欲を掻き立てられるしさぁ、傍でずっと守りたくなるというか……あ、いや実際はとても強いことはもちろんわかってるけど」

「そりゃ鬼族だしなぁ」

「でもやっぱ強さより可愛さが勝ってるから! はー、どうにかお近づきになりてぇな~。連絡先交換してくれるって言ってたけど、いつかな~」

 そこまで聞いて悠真は彼が蒼角の言っていた「コーハイ」だと気が付いた。そして、今しがたスケジュールを組み終えた自分が指導する「後輩」の内の一人であることも。

 ひやりとしたものが喉を伝っていく。


「そのうち蒼角先輩と付き合うことになった、とか言いそうでお前こえーわ」

「ふふふ、これでも知略においては誰よりも点数取って卒業した俺だぜ? そこはもちろん外堀をがっつり埋めてから徐々に仲良くなってあわよくば……」


「──君、もしかして幼女趣味? 治安局に通報しておこうか?」


 突然ひょっこりと顔を覗かせた悠真に、男性執行官二人は声にならない悲鳴を上げた。

「「あ、浅羽先輩!」」

「や、君たちさっきいた子たちだよねぇ? 蒼角ちゃんの話してどーしたの?」

「え!? え、えーと、ですねぇ……」

 一人は目を泳がせ、黙り込む。もう一人は口をパクパクさせ、それからどうにか気を取り直したのか笑顔を貼り付けた。

「いや、あの俺、蒼角先輩のことをすごく尊敬してるんですよ! あの幼さで強くて頑張っていて本当にすごいなぁと思ってて!」

「あらーそう。で、君の幼女趣味はほんとなわけ? 児童ポルノとか所持してない? 今ならもれなく僕が直々に知り合いの治安官へ通報してあげるよ」

「へぁっ!? え、いやっ、ははは何を言ってるんですか! そもそも蒼角先輩は鬼族ですよね? 年齢も僕たちよりかなり上だと聞きました! それなら法に抵触することもないじゃないですか……!」

「……いやぁー、鬼族を僕たち人間と同じ物差しで測るのはいかがなものかなぁ。現にあの子はまだまだ何も知らないお子様だよ? 人間に置き換えて考えても年端も行かない少女だって。そんな鬼の子に恋したところで、あの子が成長してこっちを振り向いてくれる時には僕たちはとっくにお陀仏さ」

「………」

「ま、君がH.A.N.D.で良い功績を上げてくれれば蒼角ちゃんもしっかり覚えてくれるとは思うよ。せいぜい頑張って、後輩クン」

「え……あ、はい、ありがとうございます浅羽先輩……」

 ひらひらと手を振り、その場を離れる。

 残された後輩たちはぽかんとした様子で悠真の背を見つめていた。

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