#5 先輩と後輩 - 6/6

 ***

 どれだけの時間が経ったのか。実際にはほんの数分だっただろう。そのきついきつい抱擁は蒼角にささやかな恐怖心を抱かせたが、それよりも悠真に対しての心配の方が全身を支配していた。

「……ハルマサ」

「………」

「人間って、たいへんだね。子どもでいられるの、ほんのちょっとだもんね。みんなどうやって大人になってくんだろ」

「………」

「うーん……あ、ハルマサ! わたしがおめめを隠したらハルマサのこと見えないよ! ほら、見てほしくないもの全部見えない! だいじょぶだよ!」

「………」

「ううー、ハルマサぁ……」

「……ふっ、く……」

「ハルマサ、泣いてるの?」

「………ぅ……ぇ」

 ようやく緩んだ腕の隙間から、蒼角がするりと抜けていく。

 蒼角は自分の顔を覆っていた手をそろりと外すと、目の前の様子に驚いた。ぽろぽろと零れる涙。力なく項垂れる悠真。 蒼角は彼の顔へ手を伸ばすと、その涙を掌で拭った。

「悲しいの?」

「………」

「悲しい時はね、いっぱい泣いていいってわたし知ってるよ!」

「………」

「それでね、いっぱい涙流したら、その分たくさんお水が飲みたくなるんだよ。そしたら蒼角の飲み物分けてあげる! 今日はジュースを持ってるんだぁ」

「……ぅ、ぐす」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ハルマサがいい子だって、蒼角、知ってるよ」

 にっ、と笑う。涙でぼやけた視界の中でそれを見つめ、悠真は反射的に笑ってしまった。

「……はは、蒼角ちゃん、ぶさいく」

「え!? 蒼角ぶさいく!? なんで!?」

「涙でぼやけて、ぶさいく」

「えー! それなら早く泣き止んでよぉ~!!」

「あ、はは、ははっ」

 ごしごし、と蒼角の指の腹が、悠真の頬を擦る。落ちてくる涙を幾度も幾度もさらっていく。ようやく涙が落ち着くと、悠真の真っ赤になった目が蒼角を捉えた。

「……ん、泣き止んだ」

「よかった! ね、蒼角かわいい!?」

「……うん。可愛いよ、蒼角」

「わーい!」

 無邪気に喜ぶ蒼角。悠真は腫れた(まぶた)をそっと下ろし、もう一度開けた。


 ──ハルマサも泣いちゃう時があるんだね。

 ──だいじょーぶ、誰にも言わないから!

 ──いいこいいこしてあげるね、蒼角おねえさんでしょ!

 ──よしよしハルマサ。

 ──いいこ、いいこ。

 ──怖がらなくて

 ──いいからね。


 目の前の蒼角が、ぼんやりと見える。

 聞こえてくる声が、ブラウン管の向こうから聞こえるよう。

 悠真はゆっくりと瞬きして、

 細く、息を吐いた。


(……ああ)

(…………誰にも取られたくないなぁ)

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