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どれだけの時間が経ったのか。実際にはほんの数分だっただろう。そのきついきつい抱擁は蒼角にささやかな恐怖心を抱かせたが、それよりも悠真に対しての心配の方が全身を支配していた。
「……ハルマサ」
「………」
「人間って、たいへんだね。子どもでいられるの、ほんのちょっとだもんね。みんなどうやって大人になってくんだろ」
「………」
「うーん……あ、ハルマサ! わたしがおめめを隠したらハルマサのこと見えないよ! ほら、見てほしくないもの全部見えない! だいじょぶだよ!」
「………」
「ううー、ハルマサぁ……」
「……ふっ、く……」
「ハルマサ、泣いてるの?」
「………ぅ……ぇ」
ようやく緩んだ腕の隙間から、蒼角がするりと抜けていく。
蒼角は自分の顔を覆っていた手をそろりと外すと、目の前の様子に驚いた。ぽろぽろと零れる涙。力なく項垂れる悠真。 蒼角は彼の顔へ手を伸ばすと、その涙を掌で拭った。
「悲しいの?」
「………」
「悲しい時はね、いっぱい泣いていいってわたし知ってるよ!」
「………」
「それでね、いっぱい涙流したら、その分たくさんお水が飲みたくなるんだよ。そしたら蒼角の飲み物分けてあげる! 今日はジュースを持ってるんだぁ」
「……ぅ、ぐす」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ハルマサがいい子だって、蒼角、知ってるよ」
にっ、と笑う。涙でぼやけた視界の中でそれを見つめ、悠真は反射的に笑ってしまった。
「……はは、蒼角ちゃん、ぶさいく」
「え!? 蒼角ぶさいく!? なんで!?」
「涙でぼやけて、ぶさいく」
「えー! それなら早く泣き止んでよぉ~!!」
「あ、はは、ははっ」
ごしごし、と蒼角の指の腹が、悠真の頬を擦る。落ちてくる涙を幾度も幾度もさらっていく。ようやく涙が落ち着くと、悠真の真っ赤になった目が蒼角を捉えた。
「……ん、泣き止んだ」
「よかった! ね、蒼角かわいい!?」
「……うん。可愛いよ、蒼角」
「わーい!」
無邪気に喜ぶ蒼角。悠真は腫れた瞼をそっと下ろし、もう一度開けた。
──ハルマサも泣いちゃう時があるんだね。
──だいじょーぶ、誰にも言わないから!
──いいこいいこしてあげるね、蒼角おねえさんでしょ!
──よしよしハルマサ。
──いいこ、いいこ。
──怖がらなくて
──いいからね。
目の前の蒼角が、ぼんやりと見える。
聞こえてくる声が、ブラウン管の向こうから聞こえるよう。
悠真はゆっくりと瞬きして、
細く、息を吐いた。
(……ああ)
(…………誰にも取られたくないなぁ)
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