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屋上から六課へ戻る廊下で、悠真は思い出したように「あ」と呟いた。
「そういやさっき、何か言いかけてなかった?」
「え~?」
訊かれた蒼角は腕を組み考える素振りをすると、すぐにぽんと手を打った。
「あ、そうそう! 今度のお休みまた一緒にビデオ見ない!?」
「ビデオ?」
「そー、プロキシのとこで借りて!」
「ああ~……別にいいけど、なんで?」
──悠真と蒼角は最近、休日はよく二人で会っている。以前の蒼角は休日に柳と過ごすことの方が多かったのだが、ここ数週間は休日前になると悠真から「明日あーそぼ」と声がかかるのだ。だが、今回は初めての蒼角からの誘いだった。
「あのねあのね、えーと、実はビデオを見るんじゃなくてもいいんだけどー……」
「……?」
「──ねこちゃん! に、会いたくて!」
目をキラキラとさせ、興奮したように悠真を見上げる蒼角。 悠真は「ああ」と納得したように言ってから視線を上へとずらした。
「なるほどね~。蒼角ちゃんは僕じゃなくって猫ちゃんと遊びたい、と」
「え!? あ、ち、ちがうよ! ハルマサと遊ぶのも好きだよ! でもその、ハルマサはいつも蒼角とおでかけしてくれるけど、そしたらその間おうちにねこちゃんひとりだし、それってすごくさみしいし……」
うう、と困ったように唸りながら蒼角はもじもじと人差し指同士を合わせた。悠真は観念したように膝を折り、蒼角と目線を合わせる。
「ごめん、意地悪言っちゃったね。いいよ、うちにおいで」
「ほんと!?」
「ほんと」
「やったぁ~! あ、でもビデオもやっぱり借りてこ! 見てみたいのいっぱいあるの!」
「いいよ~、それじゃ今度の休日はビデオ屋集合だ」
「は~~~いっ!」
蒼角は嬉しそうにくるりと一回転すると、タタタッと先を走った。後ろからゆっくりとついて歩く悠真。彼女の元気な後ろ姿を見て、目を細め、唇を結ぶ。
(……僕は何がしたいんだ)
(誰にも取られないように、いつでもあの子を守れるように?)
(それでいつも傍に?)
(純粋なあの子が汚れないように、監視してるってわけ?)
(近くにいる僕が一番汚れてるのに)
(あーあ)
(やだな)
(綺麗な鳥かごに詰め込まれたって苦しいことは僕が一番わかってるのに)
くるりと蒼角が振り返る。
悠真を見ている。
いることを確認して満足したのか、また走って行ってしまう。
「──ああ、僕がいなくなった時、あの子に悲しんでもらいたいのかも」
その呟きは誰の耳にも届かず、悠真は痛む胸を押さえて前へと進んだ。
──そしてやってきた休日。
静まり返った部屋、
汗ばんだシーツの上、
吐かれた息は熱く、
指先が震える。
「ハルマサぁ……おくち、あけて?」
滲んだ視界の中で、下から見上げてくる蒼角。
(こんなことになるなんて、誰が想像できたんだ)
悠真はその日蒼角を部屋へと招いたことを──悔いた。
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