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「──蒼角ちゃん、もう帰っても大丈夫だよ」
薬を飲み終えた悠真がそう言うと、リビングのテーブルでゼリーを頬張っている蒼角はショックを受けたような顔をした。
「も、ももももしかして蒼角迷惑だった!?」
「いや、迷惑とかじゃなくてさ……その、すごく助かったけど、体調だいぶ良くなったし。外ももう暗いし。あとシャワー浴びよっかなって……」
「あ、汗気持ち悪いもんね! いいよ入ってきて!」
「いや、いいよじゃなくてね」
「だってシャワー浴びてる時にハルマサ倒れちゃったら誰が助けるの? ハルマサ一人暮らしだよ??」
「もし倒れちゃったらまあその時は潔くこの世を去るしかないかなぁ」
「そんなのヤだよ~!! わたし、ハルマサが上がってくるまで絶対ここにいる!!」
「あらら……ごめんごめん冗談だって」
あははは、と笑って見せるものの、蒼角は頬を膨らませたままだ。どうやら悠真を信用していないらしい。
「あー……ええとね、じゃあ入ってくるから、こっち来ちゃだめだよ」
「倒れたら行くよ?」
「倒れないから! あのね! 誰だって素っ裸見られたら恥ずかしいでしょ!?」
「あ、そっかぁ! うん行かないよ!」
「……………」
頭を抱え、悠真は洗面所へと一人向かった。リビングからはテレビの音が聞こえ始める。どうやら蒼角は悠真の部屋に随分馴染んだようだ。
(ま、テレビ見るくらい別にいいけど)
服を脱ぎ、張り付いた下着を取り払う。
べたついた体の表面を撫で、
つい、蒼角に汗を拭かれていた状況を思い出す。
「……………」
悠真は黙って浴室へと入った。
蛇口をひねり、冷たい水を頭から浴びせる。
次第に温かくなっていくが、随分と頭の芯は冷えた。
(健気でいい子だよね~蒼角ちゃんは。こんなたかが同僚の看病なんかしちゃってさぁ。あーゆー子にこそ幸せになってほしいもんだよ)
顔を上げ目を瞑り、容赦のない水流をそのまま受けた。
(僕なんてどうせそう遠くない未来にいなくなっちゃうんだからさぁ、その後きっとあの子も大きくなって、美人さんになったりして、そんで誰かと結婚とかするわけだよね~なんて、ハハハ)
ハハハハ。
声に出さない笑い。
誰かに向けてじゃない笑い。
それは自分を嘲笑うもので。
悠真は虚しさのようなものを感じた。
(それがあの後輩くんだったり? はたまた他の知り合いだったり? 顔も見たことない知らない奴が蒼角ちゃんと仲良しこよしになっちゃったり?)
キュッ、と蛇口をひねりシャワーを止める。
まるで遠い昔に見た映画かのように、
昼間見たビデオの男女のキスシーンが思い起こされる。
その女優が蒼角へとすり替わり、
誰かを求めるような仕草をする。
それは先ほど悠真にゼリーを「あーん」していた姿に酷似している。
悠真は眉間に皺をぎゅっと寄せた。
(なんつー想像を……)
かき消すように前髪をかき上げると、鏡に映った自分と目が合う。
首元の注射痕が目につき、ため息を吐いた。
現実を、自分の弱さを思い出させるもの。
苦しい過去と今を。
その、首に
蒼角の唇が吸い付くような映像が頭を駆け抜ける。
(うわうわうわうわ……)
咄嗟に蛇口をひねり、大量の湯が覆い被さってくる。
悠真は冷たい床にしゃがみこんだ。
「待って、僕ってこんな妄想癖あった……?」
何かの浸蝕症状じゃなかろうか、と悠真は自分の想像力を呪った。
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