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本日の六分街は少し賑わう声がいつもより多い気がした。ゲームセンターの前を通りかかってみると、どうやら今日はゲームイベントが催されているらしい。
「ゲームかぁ、蒼角下手っぴだからなぁ~」
人がいっぱいいて面白そう、と思いつつもそこへ入っていく勇気は出なかった。とはいえ今日の目的はビデオ屋。蒼角はラーメンの匂いに後ろ髪を引かれながらも、振り切るようにしてビデオ屋のドアを開けた。
「こんにちはーっ!」
中へ入り挨拶をすれば、ビデオ屋店長であるアキラが振り向いた。
「いらっしゃい、蒼角」
「ビデオ借りに来たよーっ!」
「それは嬉しいな。ゆっくり見て行って」
「はーい!」
元気な蒼角の声に、奥からぱたぱたとやってきたリンが嬉しそうに手を振る。
「いらっしゃい!」
蒼角もリンに手を振ると、ビデオをじっくりと眺め始めた。
あれもいいな、
これもいいな、
怪獣のはどこだったかと探し、
いつのまにか足元をすり抜けていった黒猫に驚いて「わ!」と声を上げたりした。そんな蒼角の様子に、リンがそっと近づいていく。
「今日もひとりでビデオ見るの?」
「ううん! 今日はハルマサと見るの! あ、こないだ借りた時もね、ハルマサと見たよ!」
「悠真と? そうだったんだ。それで悠真は? 一緒じゃないの?」
「えーっとね、ここで待ち合わせしてるんだけど……まだ来ないなぁ」
蒼角は自分のスマホを取り出し、メッセージが来ているか確認する。もしかすると寝坊でもしているのかも、と思い電話をかけようとしたその時だった。
「あ、蒼角来たよ!」
来店者に気づきリンが声を上げる。蒼角は振り返ると、そこに立っている人物に「ハルマサー!」と声をかけた。
「ごめんね蒼角ちゃん、遅れちゃったかな」
「ううん! ぜんぜん気にしてないよ!」
「あれ、なんか今日は大きいリュック背負ってるね?」
「あのね、この中にねこちゃんのおやつ入ってるの! あ、もちろんわたしのおやつも!」
「ハハ、それで大荷物なわけか。ビデオは決まった?」
「ううんまだ!」
えーっとねぇ、どうしよっかなぁ、と蒼角はまた陳列されたビデオ棚に向き合う。その様子を眺めている悠真の横に、リンがすすすっと並んだ。
「悠真~、蒼角と仲良いんだ~。いいなー私も蒼角と一緒にビデオ見たり悠真のおうちの猫と遊びた~い」
「ん? あんたも来たいなら大歓迎だけど?」
「ほんと!? おにーちゃーん! このあと遊びに行ってもいーいー!?」
リンが振り返り聞くと、アキラは目を瞑り首を横に振った。
「ちぇー、おにーちゃんのケチー」
「今日はやることがあるって言っただろう?」
「ケチー!」
「リン、いいからこっちにおいで」
「はぁ~い」
悠真はとぼとぼと歩いて行くリンを見て、それからまた蒼角の方へと向き直る。するとしゃがみこんでビデオを見ていた蒼角が、悠真の方を見上げていた。
「……プロキシもおうちに来たらみんなで見れたのにね!」
「ん? そうだねぇ。その方が蒼角ちゃんも喜ぶと思ったんだけど、残念だ」
「ざんねーん。あ、これなんかどうかなー。新作だって! 新しいやつってことだよね?」
「どれどれ?」
悠真が蒼角の横に並んでしゃがみこむ。棚の陰になり、二人はビデオ屋の中で隠れたようになった。
「これ、ハルマサ好き?」
蒼角が見せてきたパッケージを手に取り、まじまじと眺める。
「んー僕はどっちでも」
「えーそれじゃねー……あ、そうだった。ねぇハルマサ、どのじょゆうさんが好き!?」
「……は?」
唐突な質問に目をぱちくりとさせる。
そんな悠真に、蒼角は聞こえなかったのだろうかと「だから、どのじょゆうさんが好き?」と再び訊ねた。
「えーっと……女優さん? いやー、特別この女優さんが好きとかはないかなぁ」
「え~? じゃあじゃあ、ここにあるビデオの中でどのじょゆうさんがタイプ?」
「タイプ?? ……ううーん」
困惑しつつも、悠真はしゃがみこんだまま目線を横に流しつつ下段、中段、上段と進めていった。
「あ、あの女優さんとか綺麗だよね~。それにおっ──」
はっ、として悠真は口を噤む。
蒼角はどうしたのかと首を傾げた。
(……いやいや、おっぱいもでかいし、とか言ってどーすんの。思わず男同士でする会話のノリを出しちゃうとこだったよ)
学校に通っていた時代、交わされる男同士での会話は主に「どんな女がタイプか」「どのグラビアが一番ヌけるか」といった下世話なものが多かった。悠真自身はそういった会話が好きなわけではなかったが、その場にいる以上混ざらないわけにもいかない。お前はどんなのがいい、と聞かれればそこはのらりくらりと相手が好みそうな返事をして交わすのだ。 実際にはそう思っていなかったとしても。
「……ハルマサ?」
「えっ、ああ、ごめんごめん。いやーこんなこと蒼角ちゃんに聞かれると思ってなかったから戸惑っちゃったよ。どうしたの? 突然」
「えっとね、蒼角もなんでかはわかんないんだけど、聞いておけって」
「聞いておけ?」
「変だよね~、ハルマサがどんな人を好きでも別にいいのにね」
ふふっと笑うと、蒼角は膝を抱えた。少しだけ赤らんだ横顔を見つめると、悠真は一瞬頭がぼんやりとした。じっと見ていたいような。そのまま触れてみたいような。
──それをかき消すかのように、ゴホン、と咳払いをする。
「あーっと、これ、見てみる?」
「え? なになに? ボンプの魔人? 古くなったボンプを見つけて磨いてみると、そのボンプはなんでも叶えてくれる魔法のボンプで……? すごーい! おもしろそう! うんこれ見よ!」
「じゃ、借りに行こっか」
悠真はそう言うとゆっくりと立ち上がり、手を差し伸べた。
蒼角はその手を掴むとぴょんと立ち上がる。
だが、少し違和感を感じたように悠真の手を掴んだままでいた。
「………」
「……蒼角ちゃん?」
「あ、ううん! 行こ行こ!」
ぱっ、と手を放すと蒼角はカウンターの方へと駆けて行った。悠真はビデオを持っている方の手を軽く上げて、「これ貸してくださーい」とカウンターに立つアキラににこやかに言った。
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