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悠真の部屋に着くと、蒼角は初めて来た時とは違ってそろりそろりと中へ入っていった。
「おじゃましまぁーす……」
猫を驚かさないように、と抜き足差し足で床を歩く。
そんな彼女の後ろから悠真は普通に歩いてくる。
「多分もう奥に隠れてると思うな~」
「え!? もう!? 蒼角静かに入ってきたのにぃ~」
「猫ちゃんは敏感だからね、多分ドアを開ける前から気づいてたと思うよ」
「そんなぁ~。……あ、でも今日は蒼角、秘密兵器があるもんね!」
そう言うと蒼角は背負っていたリュックを床に下ろすと、がさごそと中から何かを取り出した。
「じゃーん! 猫ちゃんのおもちゃ!」
至って普通なねこじゃらしを天高く掲げると、とても自信満々に鼻息を荒げた。
「これが一番ねこちゃんが遊んでくれるってお店のひとが言ってた!」
「あららー、そんなものまで買ってきてくれたわけ?」
くすくすと笑うと、悠真は蒼角の隣に腰を下ろした。
「あっちのお部屋、行ってもいい?」
「うんいいよ」
悠真の許可を取ると、蒼角は四つん這いで奥の部屋へと進んでいく。少しだけ開いたドアの隙間から中を覗くと、真っ白なシーツがかけられたベッドが見えた。猫はどこかと探したが、ベッドの上にもその近くにも見当たらない。
「……どこだろう」
じーっと中を見つめる。生き物の気配はするが、とうとうわからずに蒼角はため息を吐いた。
「焦っちゃだめだって~」
と、頭の上から声が聞こえた。見上げると悠真がすぐ横に立って同じように部屋の中を眺めていた。
「きっと狭いとこに隠れちゃったんだね~、怖がりだからさ」
「次はおやつを持ってきてみる!」
「いやいや、ひとまずはゆっくりしようよ。そのうち顔を見せてくれるって」
そう言うと悠真は蒼角を脇から抱えて持ち上げた。そしてそのまま座布団の上に座らせる。されるがままの蒼角は置物のようにそこに落ち着いた。
「何か飲む~?」
いつのまにかキッチンの方へと行っていた悠真から声がかかり、蒼角は耳をぴくりと動かす。
「緑茶と、コーヒーと、あと青汁と……」
「青汁はもういいってばー!」
「あはは。じゃあ緑茶を入れてあげるよ」
「じゃあ蒼角、ビデオ準備してるね! 入れていい!?」
「どうぞ~」
キッチンの方からは湯を沸かす音が聞こえてくる。
カチャカチャ、という茶器を用意する音も。
蒼角はそれを聞きながら、テーブルの上に置かれたビデオに手を伸ばした。
そそくさとテレビに近づき、その下に設置されたビデオデッキの電源をオンにする。
人差し指でふたをそっと押し開け中身が入っていないことを確認して、四角いビデオテープを差し込んだ。
ウィーン、
ガチャン、
とセットされた音が響き慌ててテレビを点ける。
「始まるよぉ~!」
蒼角はそう言うと、テーブル前に置かれた座布団の上へと戻った。
「……そういえば悠真のお部屋にはソファないんだね~」
「ん? ああ、ないね」
お茶を淹れ戻ってきた悠真が、テーブルの上に湯のみを二つと急須を置いた。そして蒼角の右隣りに座る。
「どうせ家は寝に帰ってくるだけだし。ソファに座るよりベッドの上の方が長いからねぇ」
「そっかぁー」
「床だと足痛い?」
「ううんだいじょぶだよ!」
話しているうちに、映像が始まる。
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