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「……ハルマサ、寝ちゃった」
蒼角はベッドの上で寝息を立てる悠真をじっと見つめた。
そっと指先で彼の額を撫でる。
やはり熱い。
「プロキシのお店で手握った時に熱かった気がしたのは、気のせいじゃなかったんだ」
ぎゅ、と服の裾を握る。蒼角は眉を下げ、しゅんとした。
「……ハルマサ、具合悪いのに蒼角と遊んでくれたのかなぁ」
そう呟くと、ふと視線を感じ振り返る。クローゼットの奥で何かが光っている。
「………………もしかして、ねこちゃん?」
蒼角はベッド脇から動かないまま、その光る眼と対峙した。
「ねこちゃんも、ハルマサが心配だよね。えっとね、だいじょうぶ! 蒼角がハルマサの看病するから! だから心配しないで!」
ようし、と蒼角は立ち上がる。ベッド脇に置いてあるチェストの上には薬が入った入れ物があるのがわかった。
「お薬……これを飲めばいいのかな、わかんないや」
寝室を出て、リビングへと戻る。蒼角は自分で持ってきたリュックの中身をひっくり返した。出てきたのは蒼角用のおやつと猫用のおやつがいっぱい。
「キャンディーもポテチも、具合の悪い時に食べるものじゃないんだよね。あ、この前ナギねえが体調悪い時、ゼリーを食べてたかも……? でもゼリーは今日持ってきてないや……。うーん、どうしよう、うん、やっぱりこういう時はちゃんと聞こう!」
そう言うと蒼角は自分のスマホを操作して電話をかける。相手はもちろん柳だ。1コール、2コール、3コール目で繋がった。
『──はい、月城です』
「ナギねえ!? あのね、ハルマサがお熱で倒れちゃってね! わたし看病したくってね! どうしたらいいかな!?」
『浅羽隊員が倒れたんですか? ええと、今どこです?』
「今はハルマサのおうち! あのね、用意した方がいいごはんとか、してあげた方がいいこととか、何かないかな!?」
『ええっと、では私がそちらに行くので蒼角は少しそこで待っていてください』
「うん! ……あ」
蒼角の脳裏にふと、
悠真の表情と
服の裾を握った指先が蘇る。
「………ナギねえ」
『はい?』
「やっぱりナギねえは来ないで!」
『えっ』
「蒼角だけでなんとかするから、えっと、買いに行った方がいいもの教えて! 覚えるから!」
『何を言ってるんですか蒼角、今準備してるのですぐそちらに──』
「来ちゃだめ!!」
大声を上げ、そんな自分に蒼角はハッとする。
「……ナギねえ、ごめんなさい」
『………』
「あの、蒼角怒ってるわけじゃないよ、あのね、えっと、でもどうしても来てほしくないの」
『来てほしくない、とは、私にですか? 他の人であれば、行ってもいいんでしょうか?』
「……ううん、誰も来ないで。蒼角ひとりで看病する」
『そう、ですか。……事情はわからないですが、困ったことがあればすぐに連絡してくださいね?』
「……うん」
『それじゃあ、今から言うものを準備してください』
柳が言うものを蒼角は必死に覚えようとする。何か紙にメモでも書けばよいのだろうが、悠真の部屋では勝手がわからずそれもできない。蒼角は何度も柳が言った買い物リストを復唱すると、深呼吸をして「もうだいじょうぶだよ、ありがとう」と電話を切った。
蒼角はおやつの中に紛れた財布を探し出すと、中身を確認した。
「うん、だいじょうぶ」
そう呟くときょろきょろと部屋の中を見回し、目当てのものが見つかったのか「あ!」と声を上げると駆け寄った。そしてそれを手に取り、寝室の方へぱたぱたと駆けていく。
「……ハルマサ、おうちの鍵ちょっと借りるね!」
返事はない。
蒼角はそっと静かにドアを閉めた。
猫が出てきてもいいように、ほんの少し隙間を開けて。
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