「わたし、ハルマサとぎゅーしたい」
「……ブフォッ! げほ、げほげほっ!!」
──本日は天気が悪く、屋上での青空ランチはやめにしようということで食堂へ来て席についた瞬間のことだった。浅羽悠真は飲もうとしたお茶を吹き出し、うっかりテーブルの上を水浸しにしてしまった。
「……な、何? 蒼角ちゃん今なんて言ったの?」
悠真は慌てて手持ちのハンカチでテーブルの上を綺麗にしながら、疑うような目で蒼角を見た。
「だからね、わたし、ハルマサとぎゅーしたい」
「……蒼角ちゃん、ちょっと声のボリュームを落とそうか」
「なんで?」
「なんでも」
はあ……と大きなため息を吐いた悠真は息を吐ききると落ち着きを払って辺りを見回した。どうやら今の会話は誰にも聞かれていないらしい。
「……蒼角ちゃん、それってもしかして誰かに言われた? 六課の浅羽悠真をドッキリでビビらせてやろうみたいな? もしくは僕ってばいつの間にやらいかなる時も平静でいられるかどうかの修行を課長に課されてるわけ?」
「ドッキリ? 修行? えーとね、違うよ。だから昨日言ったでしょ? わたし、ハルマサのお熱うつったって!」
「ええ?」
悠真はぱちぱちと瞬きをし、昨日のメッセージのやりとりを思い出す。確かに蒼角から『ハルマサのお熱うつった』と言われ、悠真は『熱があるの? 大丈夫?』『ひとまず今日はすぐ寝た方がいいよ』『月城さんにもすぐ連絡してね』と返した。そのあと蒼角からは『うん』としか返事は来ていない。
「いやいや、お熱とぎゅーがどうしたら関係してくるわけ??」
「だってハルマサ、お熱出た時わたしにぎゅーしてきたでしょ?」
悠真は本日二回目のお茶を吹いた。
そしてすでにびしょぬれのハンカチで再度テーブルを拭く。
「……えーと、あのね、それはちょっと、ちゃんと記憶にあるわけじゃないんだけど本当にごめんって。僕どうかしてたよね」
「うん、お熱でしょ?」
「そうだね」
「じゃないともう一回なんて言わないもんね!」
「もう一回ってなに!? 僕それ聞いてないんだけど!?」
焦ったように身を乗り出す悠真に、蒼角は目をぱちくりとさせた。
「あ、そっか。言ってなかった!」
「言ってよ!」
「ええ、でもお熱だったからだし……蒼角は気にしてない、よ?」
「蒼角ちゃん女の子でしょ、気にしなよ……」
はあああ、と先ほどより大きなため息を吐き、悠真は両手で顔を覆った。蒼角はそんな悠真を見ながらカツ丼を口の中へかき込んでいる。
「ハルマサ、ご飯食べないの? おいしいよ?」
「食べるよ……でもちょっと頭整理させて……」
「あ、ナギねえとボスも来たよ! こっちだよ! おーい!」
「今このタイミングで呼ぶぅ……?」
蒼角が立ち上がって手を振ると、離れたところにいた月城柳と星見雅が彼女に気が付いた。小柄で見つけにくいであろう蒼角だが、その元気の良さは他の職員に比べて随分と目立つ。
「──蒼角、今日はカツ丼特盛ですか?」
「うん! ナギねえは?」
「今日はCランチにしてみました」
「あー! 生姜焼きだぁ~!」
蒼角はキラキラと目を輝かせて隣に座った柳のランチプレートを覗き込んでいる。悠真の横に座った雅は天ぷら蕎麦がのったトレーをテーブルに置いた。
「ボスのは天ぷらがおっきいね~!」
「ああ、大きい。かきあげと迷ったが、こちらにして良かったと思う」
「かきあげもおいしいよね!」
「ああ、美味しい。蒼角、一口食べるか?」
「いいの!?」
雅は天ぷらを箸でつまみ上げると、蒼角の方へと近づけた。
「あーむっ! んん~! おいしー!!」
蒼角の喜びようを見て満足したのか雅はふっと笑うと蕎麦をすすり始めた。
「……あら、浅羽隊員は食べないんですか?」
「今ちょっと取り込み中でぇ」
「取り込み中?」
柳が不思議そうに首を傾げると、悠真は一つため息を吐いてようやく食べ始めた。付け合わせのサラダを口に詰めると、少し険しい顔でもぐもぐと咀嚼している。そんな悠真を蒼角はカツ丼を食べながら丼ぶりの陰から見つめていた。蒼角の視線に気が付いたのか、悠真が一瞬目を合わせる。
「──蒼角ちゃん」
「ふぁひ~?」
「さっきの話は、またあとでね」
「ふぁ~~い」
蒼角は満足そうに空の丼ぶりをテーブルに置いた。
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