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「──ハンカチは持ちましたか?」
「持った~」
「着替えは足ります?」
「だいじょーぶ」
「あ、いけない、お土産用に買っておいたお菓子が……」
「もう、ナギねえ!」
玄関で靴を履いていた蒼角はぷくぅと頬を膨らませて振り返る。その様子に柳は目を丸くした。
「ハルマサにお土産なんていらないよ! お仕事でまた会えるでしょ?」
「でも蒼角がお世話になるんですから……」
「いいってばぁー。食べ物ならこれから食べに行くもん!」
「食事を取るのとお土産でお菓子を持っていくのは別ですよ」
「お腹に入るから一緒! それじゃいってきます! ……あ」
出ていこうとした蒼角は思い出したように体を反転させ、見送りの為そこに立つ柳にぎゅっと抱きつく。
「いってきます、ナギねえ」
「ええ、いってらっしゃい」
柳もそっと蒼角を抱きしめ返すと、笑顔ですぐに体を離した。
──体調が万全と言えなかった悠真を思い、退院後ここ数週間は休日に遊ぶこともなかった蒼角。しかし「休みに蒼角ちゃんに会えないと余計に体調悪くしそう」と青い顔をする悠真の為、今後用事の無い休日は泊まりがけで一緒に過ごすことになった。
会えるだけでいいと言った悠真に「泊まる」と言い出したのは蒼角だ。
「だってその方がずっと一緒にいられるもん」
という言葉に悠真はしばらく素直に首を縦に振らなかったが、最終的には承諾することになった。お泊りという要望に保護者である月城柳は最初こそ反対していたものの、後に雅から「婿を認めない姑のようだぞ、柳」と小言を言われ衝撃を受ける。結果、泣く泣く蒼角のお願いを聞いたというわけだ。
「──あ、ハルマサー!」
午後のポート・エルピスにて、手すりにもたれて佇む悠真を見つけると蒼角は手を振った。
「蒼角ちゃん」
彼女の姿を見つけるなりにこっと笑うと、悠真は駆け寄ってきた蒼角の頭を撫でた。
「ハルマサ待った?」
「いいや、ついさっき着いたくらい」
そう言ってから蒼角が肩から下げている鞄を見つめる。大きめのバッグは、少し重そうに見えた。持とうか、という言葉が悠真の喉まで出かかったが、口に出すのはやめておいた。蒼角がその程度何ともないことなどわかりきっている。代わりに、悠真は手を差し伸べた。
「手、つなごっか」
「え」
「ん? 嫌だった?」
「ううん! あの、手つなぐの、見られるからよくないのかなぁーって……」
「いいじゃない、恋人なんだから」
口元に笑みを浮かべる悠真に、蒼角は頬を緩ませた。
「うん!」
蒼角がきゅっと優しく悠真の手を握ると、二人は歩き出す。人気のポテトの店前まで来ると、メニューを眺めた。期間限定メニューも始まっており、蒼角はよだれを垂らしそうになりながら頼むものを決めた。
数種類のソースを選び両手いっぱいにポテトを抱えると、二人は傍に置いてある席についた。ポテトをひとつ口に入れる度ぎゅっと目を瞑って幸せそうにする蒼角に、悠真は思わず顔を綻ばせる。
「……美味しそうに食べるね~」
「だって美味しいもん! はい、ハルマサもあーん!」
「あー……ん。うん、おいひいね」
「あ、ねえねえ! このあとプロキシのとこでビデオ借りてこよ!」
「え?」
「せっかくお泊りだもん、ビデオ見たいな~」
「そっかそっか。でもこれが行かなくてもいいんだなー」
「どうして?」
「僕が一人で借りてきちゃったから~」
「ええ~!?」
「だってプロキシのとこ連れてったら蒼角ちゃんお喋り楽しんじゃうでしょ」
「そうかなぁ~」
「僕たちのことあれこれ聞かれたり揶揄われるのも嫌だったし?」
「からかわれる?」
「何より」
ポテトを頬張る蒼角の頬を両手で包む。
少しだけ力を加えて、むぎゅっと押しつぶした。
「今日は僕だけが蒼角ちゃんを独り占めしたかったの。それじゃだめ?」
口にポテトをくわえたままの蒼角が、悠真を見上げる。
そして呆れたように鼻から息を軽く吐いた。
「もぐもぐ……ごくん。ハルマサ~わがままだぁ~」
「そう、僕ってとってもわがままなの。知らなかった?」
「知らな~い」
「そっかぁ」
「でもわがままヤじゃないよ!」
「?」
「蒼角だってあれ食べたーいこれ食べたーいって、わがまま言っちゃうもん。だからハルマサのわがままも、ちゃんと聞いてあげるね!」
「ん、ありがと」
それから蒼角はまたポテトを摘まむと、悠真の方へ差し出した。潮風が心地よく二人の間を吹き抜けていく。視界の端に入る海の向こうのホロウを感じながら、二人はゆっくりとポテトを楽しんだ。
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