#16 君と僕 - 3/5

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 ──ルミナスクエアのファッションビルは人で混雑していた。どうやらセールが行われているらしく、どこもかしこも人だかりができている有様だ。そんな人波に揉まれながら、二人は歩いていた。

「蒼角ちゃん、ほんとにそれでよかったの?」

「うん! とっても可愛いし、それに安かったよ!」

「安売りされてたしね。なかなか買い手がいなかったんだろうね~」

 悠真はそう言って苦笑いをし、蒼角の手にある小さなショップバッグを見た。何か服を買ってあげたい、という悠真のわがまま(、、、、)を叶える為やってきたのだが、蒼角が欲しいとねだったのは《大きなおにぎりの絵が描かれたTシャツ》だった。確かに可愛らしい商品ではあるものの、恋人に初めて買う洋服がそれでいいのか、と悠真は頭を抱える。

「これ、ハルマサのおうちで着るのにするんだ~」

「へぇ~」

「おにぎりの絵があったら、夢でもおにぎり食べれるかもしれない!」

「夢で食べてもお腹は膨れないんだよ? 知ってる?」

「知ってるってばぁー!」

 蒼角はそう言うと、べーっと舌を出して見せた。

 悠真は思わず笑ってしまい、口元を抑える。

(何を買ってあげたか、何をしたか、じゃないよね)

(結局この子と一緒にいられれば僕は何でもいいんだ)

 そう思い、悠真はひょいと蒼角の手からショップバッグを取り上げた。

「僕が持つよ」

「えー?」

「だからほら、手つないで」

「あ、うん」

「今日は一日手つないでてくれないと、僕の具合がどんどん悪くなってっちゃうかもしれないからさ~」

「ええ~!? それじゃ困るよぉ! ぎゅっ! はい! 離さないからね!」

「はははっ、ありがと」

「でもトイレとお風呂の時はどーする?」

「そこはちゃんと離してあげるから……」

 他愛もない会話をしていると、ファッションビルから出てきた二人を陽光が照らした。眩しかったのか、蒼角がぎゅっと目を閉じる。

「うう、今日はいい天気だね~」

 そう言って隣を見れば、少し顔色を青くした悠真が目を伏せていた。

「悠真、だいじょぶ?」

 蒼角が顔を覗き込むと、悠真がふっと笑って視線を返す。

「大丈夫だよ」

 そう言うものの、蒼角の不安は拭えなかった。このあとはご飯を食べてから帰ろう、と約束していたものの蒼角はそこで足を止める。

「ハルマサ、今日はもう帰ろ」

「え? でもまだ──」

「ううん、早くおうち行きたい。ハルマサゆっくりしなきゃ」

「………」

「ね?」

「……ありがと」

 ふぅ、と一息吐いて悠真は首を回した。

「久しぶりに出かけたからちょっと疲れちゃったんだねー」

「そうだよ! ほらほら、地下鉄はこっち。帰ろ!」

「はいはい、わかったって」

 蒼角の手が悠真の手を引く。ずんずんと進み、しかし悠真を労わるように時々振り返りながら蒼角は前を歩いた。小さな彼女の頼もしい姿に、悠真は安心しきったように目を細める。

「帰ったらプロキシが選んでくれたビデオ、一緒に観よっか」

「ほんと!? わー面白いかなぁ~?」

「うーん、多分蒼角ちゃんは寝ちゃうんじゃないかな」

「え!?」

「でもいいよ。もし寝ちゃったらさ、一緒に昼寝しよ」

 ふっと笑う悠真に、一瞬きょとんとしていた蒼角も笑い返した。

「じゃあ起きたらご飯!」

「そうだね」

「オムライス食べたい!」

「材料あったかな~」

 人の多い街中を抜け、二人は地下鉄駅へと吸い込まれて行った。

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