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──ルミナスクエアのファッションビルは人で混雑していた。どうやらセールが行われているらしく、どこもかしこも人だかりができている有様だ。そんな人波に揉まれながら、二人は歩いていた。
「蒼角ちゃん、ほんとにそれでよかったの?」
「うん! とっても可愛いし、それに安かったよ!」
「安売りされてたしね。なかなか買い手がいなかったんだろうね~」
悠真はそう言って苦笑いをし、蒼角の手にある小さなショップバッグを見た。何か服を買ってあげたい、という悠真のわがままを叶える為やってきたのだが、蒼角が欲しいとねだったのは《大きなおにぎりの絵が描かれたTシャツ》だった。確かに可愛らしい商品ではあるものの、恋人に初めて買う洋服がそれでいいのか、と悠真は頭を抱える。
「これ、ハルマサのおうちで着るのにするんだ~」
「へぇ~」
「おにぎりの絵があったら、夢でもおにぎり食べれるかもしれない!」
「夢で食べてもお腹は膨れないんだよ? 知ってる?」
「知ってるってばぁー!」
蒼角はそう言うと、べーっと舌を出して見せた。
悠真は思わず笑ってしまい、口元を抑える。
(何を買ってあげたか、何をしたか、じゃないよね)
(結局この子と一緒にいられれば僕は何でもいいんだ)
そう思い、悠真はひょいと蒼角の手からショップバッグを取り上げた。
「僕が持つよ」
「えー?」
「だからほら、手つないで」
「あ、うん」
「今日は一日手つないでてくれないと、僕の具合がどんどん悪くなってっちゃうかもしれないからさ~」
「ええ~!? それじゃ困るよぉ! ぎゅっ! はい! 離さないからね!」
「はははっ、ありがと」
「でもトイレとお風呂の時はどーする?」
「そこはちゃんと離してあげるから……」
他愛もない会話をしていると、ファッションビルから出てきた二人を陽光が照らした。眩しかったのか、蒼角がぎゅっと目を閉じる。
「うう、今日はいい天気だね~」
そう言って隣を見れば、少し顔色を青くした悠真が目を伏せていた。
「悠真、だいじょぶ?」
蒼角が顔を覗き込むと、悠真がふっと笑って視線を返す。
「大丈夫だよ」
そう言うものの、蒼角の不安は拭えなかった。このあとはご飯を食べてから帰ろう、と約束していたものの蒼角はそこで足を止める。
「ハルマサ、今日はもう帰ろ」
「え? でもまだ──」
「ううん、早くおうち行きたい。ハルマサゆっくりしなきゃ」
「………」
「ね?」
「……ありがと」
ふぅ、と一息吐いて悠真は首を回した。
「久しぶりに出かけたからちょっと疲れちゃったんだねー」
「そうだよ! ほらほら、地下鉄はこっち。帰ろ!」
「はいはい、わかったって」
蒼角の手が悠真の手を引く。ずんずんと進み、しかし悠真を労わるように時々振り返りながら蒼角は前を歩いた。小さな彼女の頼もしい姿に、悠真は安心しきったように目を細める。
「帰ったらプロキシが選んでくれたビデオ、一緒に観よっか」
「ほんと!? わー面白いかなぁ~?」
「うーん、多分蒼角ちゃんは寝ちゃうんじゃないかな」
「え!?」
「でもいいよ。もし寝ちゃったらさ、一緒に昼寝しよ」
ふっと笑う悠真に、一瞬きょとんとしていた蒼角も笑い返した。
「じゃあ起きたらご飯!」
「そうだね」
「オムライス食べたい!」
「材料あったかな~」
人の多い街中を抜け、二人は地下鉄駅へと吸い込まれて行った。
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