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──深い深い闇の中、
──薄明りに目を凝らし、
──夢から次第に浮き上がる。
今が一体“何時 ”なのか、
曖昧な意識の中では判然としない。
思い返してみれば
何度も見ては打ちのめされたエーテリアスになる悪夢を、
もう今はしばらく見ていない。
夜中に目を覚ますことは今でもよくあるけれど、
隣を見れば幸せそうに寝息を立てる彼女がいる。
前より少し伸びた髪を撫でて、
今もまだ小さな額に唇を寄せて、
起こさないようにぎゅっと抱きしめれば、
それだけで波立った心が落ち着いていくのがわかった。
安息を手に入れた僕に、もう怖いものなんてない。
けれども
それでもどうしても
不安で不安で仕方がない時は。
「──眠れないの?」
そっと目を開ける君が、僕を見た。
「なんか目覚めちゃってね」
「怖い夢、みた?」
「いいや」
「なんか、考えごと?」
「うーん」
「夜はねぇ、真っ暗でなんにもみえないから、考えごともおやすみしなきゃなんだよ」
「うん」
「考えるの、やめられない?」
「そうかもしれない」
「そういうときはね」
もぞもぞ、と体を動かして
蒼角は布団の中で僕の上に跨った。
「なんにも考えなくていーように、いっぱいちゅーしてあげるね」
僕の額に、
頬に、
耳に、
首に、
鎖骨を噛んで、
肩に吸い付いて、
左胸へ唇を押し付ける。
「おまじないだよ」
まるで儀式のようにそうすると、
ようやく僕の唇に吸い寄せられてきた。
「ハルマサが怖いもの、蒼角がぜんぶたべてあげる」
小さな唇が優しく食んで、僕を甘やかす。
彼女の熱い吐息を飲み込んで、肺がいっぱいになる。
どくどくと波打つ心臓は、この子の為に動いているんだ。
「ハルマサ、だーいすき」
──砂糖菓子のような甘い声が全身を溶かした。
〈了〉
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