幸せの花束 - 2/2

「ハルマサ!」

 蒼角ちゃんが僕の名前を呼んだのは、僕が六課のオフィスのソファで気持ちよくうたた寝をしていた時。煌々と照らしてくる明かりから逃れる為に付けたアイマスクをずらして見てみると、僕の視界いっぱいに蒼角ちゃんの顔があった。

「何? どしたの」
「あのねあのね! 蒼角、見てほしいものがあるの!」

 蒼角ちゃんはそう言うと、僕の服の裾を掴んで引っ張った。その力があんまり強いもんだから、僕はついソファから転げ落ちそうになってしまう。どうにか体を起こして立ち上がると、蒼角ちゃんは僕から離れて自分のデスクへと走っていった。何がどうしたっていうのか。僕はオフィスの中を見回して、僕と蒼角ちゃん以外に誰もいないことに気が付いた。どうやらもう昼休憩の時間に入ったらしい。課長も副課長も今頃食堂かも。いや、それならどうして蒼角ちゃんはここにいるんだろう。不思議に思いながら蒼角ちゃんを追ってその小さな体の横へ並んだ。

「ハルマサあのね! これ見て!」

 蒼角ちゃんの手の中にあるのは蓋つきの小さな箱。安いプラスチックケースで、フタと本体がくっついているタイプのやつだ。

「これは?」

 僕が訊ねるのと同時に、蒼角ちゃんはその箱の蓋をゆっくりと持ち上げて開けた。中に入っていたのは……たくさんの緑色の草。──いや、クローバー?

「これね、ぜーんぶ葉っぱが四枚あるんだよ!」
「葉っぱが四枚? ああ……四つ葉のクローバーか」

 幸運の象徴ともされるその小さな雑草を、蒼角ちゃんはとても高価なもののようにそっとつまみ上げると、ひとつ、ふたつ、みっつと束ねていった。一体いつから集め始めたのか、もうほとんどは萎れて、生き生きとしていた様子は見る影もないわけだけれども……それでも蒼角ちゃんはそれらを愛おしそうに全て拾い上げると、小さな指の先できゅっと握った。

「ハルマサに、あげる!」
「…………え?」

 まさかの申し出に僕はぽかんとした顔をしてしまった。だって、まさかこんな草を急にもらう日が来るなんて思いもしなかったから。しかも、四つ葉。そこで僕はようやく思い至った。
 ああ、外へ出た時、
 ホロウ調査での移動時、
 珍しく入った『外勤』の時──
 様々な場面で僕が見ていたあの小さな後ろ姿は、ずっとこれを集めていたのかと。あわてて隠したポケットの中には、この小さな四つ葉が入っていたのかと。でも、なんで。

「えっとね、あのねぇ」

 僕がなかなか受け取らないからか、蒼角ちゃんは少し困ったように眉を下げ、話し始めた。

「ハルマサが、とっても苦しい病気にかかってる、って知った時……蒼角も何かできないのかなって思ったの。でも蒼角、お薬のことなーんもわかんないし、お医者さんじゃないから病気も治してあげられないし、どうしたらハルマサを元気にしてあげられるのかわかんなくて……。でもね、こないだ読んだ絵本に、四つ葉のクローバーのことが書いてあったの!」
「絵本に?」
「その絵本にはね、たくさんたくさん四つ葉のクローバーを集めたら、いつかお願い事が叶うって書いてたんだよ! だからね、たーくさん集めて、ハルマサの病気が治って元気になりますように~ってお願い事したの!」

 蒼角ちゃんが満面の笑みでそう言うもんだから、僕はしばらくの間ぱちぱちと瞬きする他無かった。僕の病気のことが六課の同僚たちに知られてしまったのはついこの間のことだ。プロキシに協力してもらって追っていた件で少し無理をして、倒れて……それで。

「……蒼角ちゃんは、お願い事はないの?」
「え? あ、えーっとぉ……」

 蒼角ちゃんはそう言うともじもじとし始めた。だから僕は、この子が持つ四つ葉の花束の中から一本だけ、一番元気そうな奴を摘まんで引き抜いた。

「僕のお願い事は、この一本だけで大丈夫だよ。蒼角ちゃんが一生懸命探してくれたんだからきっとこれだけでも叶うさ」
「本当?」
「うん。だからね、そのたくさんの四つ葉は蒼角ちゃんの為にお願い事しな」

 僕がそう言うと蒼角ちゃんは少し不安そうな顔をしていた。けど、すぐにパッと顔色を明るくさせると大きく頷いた。

「じゃあ! これからもたーくさんハルマサとラーメン食べに行けますようにって、お願いする!」
「ええ?」
「そうしたら、きっとハルマサもたーくさん元気でいられるでしょ!? だって元気じゃないとラーメン食べに行けないもん!」

 ね、と華やかに笑う蒼角ちゃんに僕は何も言えなくなってしまった。

「……ありがと、蒼角ちゃん」

 僕は空いている方の手で蒼角ちゃんの頭をそっと撫でた。蒼角ちゃんはくすぐったそうに片目をきゅっと瞑って僕に撫でられている。可愛らしいこの同僚に、僕は肩を竦めた。

 そして僕の指先に摘ままれている四つ葉を見つめて、僕は心の中でお願い事をした。

 ──『誰よりも優しいこの子と、これからもたくさんの思い出を作れますように』と。

 さて、仕方がないから今日は退勤後にラーメン食べに連れてってあげるか、と僕は決めたのだった。

<了>

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