今日の<Random Play>は随分と暇だ。
同じく店長であるリンを外に遊びに行かせても大丈夫な程に。
何故今日に限ってこんなにも暇なんだろう。レンタルビデオ屋はこの近辺じゃこの店だけ。だから競合店に客を持っていかれて……というのが原因ではないだろう。
「ま、そんな日もあるよね」
口に出して、ちょっと笑う。
「ンナ?」
18号が首を傾げたが、僕は気づいていないふりをした。
妹が店を出てからの一時間、客は一人だけ。しかも返却してすぐ帰っていったものだから一分も店内にいなかった。僕は「いらっしゃいませ」と声をかけただけで、店番をしている18号が対応をしたものだから一言の会話すらしていない。店長がこれじゃまずいか? いいや、なんてことないさ。お客さんだって返却に来ただけなのにあれこれ聞かれたりするのも困るだろう。そう思うことにして店内の品揃えを確認する。次に入荷したいものを頭に思い浮かべたけれど、「次はリンの担当だったな」と思い出して肩をすくめた。
「ンナナ!」
店番のいらっしゃいませが聞こえて、僕は振り返った。
「よう、店長」
ドアを開け、そこに立っていたのはトラビスさんだ。
「こんにちは、トラビスさん。今日はビデオを借りていってくれるのかい?」
「まさか! 俺が下ろしたビデオたちだ、これでもちゃんと観てるんだぜ?」
「何度でも観たらいいよ。その度に発見がある」
「ビデオ屋の店長にそれを言われちゃおしまいだ」
トラビスさんは肩をすくめて、受付カウンターに寄り掛かった。
「随分と暇そうに見えるけど?」
「見えるだけじゃなくて、実際に暇なんだ。今日は誰もビデオを借りたい気分じゃないみたいで」
「おやおや、さすがの店長も困ってるみたいだな。って言っても俺にしてやれることはねーけど」
「ビデオをいくつか借りていってくれればいいだけだ」
僕が事も無げにそう言えば、トラビスさんは肩をすくめるだけだった。
「にしてもアキラ一人だけだと、この店も静かなもんだよなぁ」
「BGMはかかっているけれど」
「おいおい、そういうことじゃねぇよ。なんていうかこう……華がねぇっていうかさ。あ、そういや妹ちゃんは?」
「妹は外に出てるんだ」
「あ、それでか」
合点がいったというように、トラビスさんは手をぽんと打つ。
「やっぱこの店には妹ちゃんが必要だよなぁ。いるだけで明るくなるって言うか」
その意見に異論はない。
このビデオ屋の賑やかさの割合は妹が八割を占めている。もう二割は可愛らしいボンプたちのおかげだ。僕は入る余地などない。
「妹は仕事のできる子だからね。店内の飾りつけも彼女のおかげだ。僕だけじゃ簡素になってしまう」
「はは、だろうなぁ。お前さんは遊び心ってのが足りなさそうだから」
「………」
少しむっとするものの、その通りだろうと思うので反論はしない。表情にも出さない。これでも僕は大人だからね。
「でもアキラもいろいろともったいないよなぁ」
トラビスさんはそう言うと、僕の顔を見て、それから足先まで視線を落とし、また僕と視線を合わせた。
「何がもったいないって?」
「いやあ、アキラはビデオ屋のイケメン店長って結構有名なわけよ? でもいっつも妹と一緒にいちゃあ彼女もできないだろ。いるのか?」
小指を立てて、にやつくトラビスさん。
「いないよ」
呆れ顔で首を振れば、トラビスさんは「だよな」と乾いた笑いを漏らした。
「その若さでよ~、彼女の一人もいないなんてつまんねーんじゃねぇの?」
「毎日忙しいからね」
「そりゃご苦労なこった」
「大体、彼女を作って何するんだい?」
僕が聞けば、しばし真顔だったトラビスさんはにんまりと笑った。
「そりゃあお前、一緒に買い物に行ったり? 映画とか見たり? 部屋で二人でお喋りしたり? 朝から晩まで一緒にいたりよう。あとはもちろんセッ――」
「それなら全部妹としているよ」
何かを言いかけたトラビスさんに僕がそう言うと「ええ!?」と奇妙な顔で前のめりになった。
その挙動に僕はびくりとしてしまう。
「……い、妹と一緒にいろんなところに出かけるし、部屋で喋ったり、朝から晩まで一緒なんてザラだけど」
「……ああ! はいはい、そこね。いや、そりゃお前たちが仲良いからだろ? 俺なら家族と四六時中一緒とか無理だよ」
「彼女とは四六時中一緒でも大丈夫なのかい?」
「そりゃー当たり前だろ、好きなんだからよ?」
「………」
腕を組み、首を傾げた。
好きだとずっと一緒にいても大丈夫――まあ、それはわかる。理屈としての話はわかる。伊達に恋愛もののビデオを見てきていない。店に置くためにも視聴は必須なんだ。中身を知らないものなんて置けやしない。でもそれと「家族と四六時中一緒」が無理なのはイコールになるのだろうか。というかトラビスさんが言う好きな相手というのは赤の他人だ。知らない部分や、折が合わない部分だって絶対にある。それを考えるとずっと一緒に生活してきて好きなもの嫌いなものいくつもある“癖”をわかりきっている家族の方が、割り切って一緒にいやすくないだろうか? 僕はリンの嫌なことや苦手なことがわかっているからそれを代わってあげたり回避できるようにしてあげられる。あえていたずらに嫌がることをしてしまうことも時々、本当に時々あるけれど、それだって妹であるリンは“わかって”反応してくれたり、諦めてくれたりするわけでもちろんそこが可愛く思う部分では……
「――とにかくそんなんじゃ、あっちの方が溜まってるんじゃねぇの?」
「……えっ?」
トラビスさんの嫌ににやついた顔が僕を見ていることに気が付いた。ずっと何か話していたらしいが、僕はどうやら丸っきり聞いていなかったらしい。
「ま、今度俺がイイトコ連れてってやるからさ!」
「イイトコって、どこだい?」
「綺麗なねーちゃんがいっぱいいるところだよ」
にしし、と下品な笑いがトラビスさんの口から漏れる。僕は呆れてしまった。
「いや、僕は別にそういうのは……」
「そんじゃーな! 店長さん! 今後も御贔屓に~」
「ちょっ、トラビスさん!」
あっという間にドアを開け、彼は颯爽と帰っていった。一体何をしに来たんだか。
「ンナ? ナナ?」
18号が僕を見上げ、耳をぴこぴこと動かしている。
「大丈夫だよ、ちょっと奥で仕事してくるね」
まるで嵐のようなトラビスさんが去り、僕は大きなため息を吐いてSTAFF ONLYの扉を開けた。
『マスター』
「ん?」
入るなりFairyが声をかけてきた。
『先ほどの来店者、<トラビス>の発言は途中で途切れていました。推測しうる言葉を付け加えてFairyが完璧な会話にしてさしあげます』
「え?」
『マスターの発言、「大体、彼女を作って何するんだい?」その後の<トラビス>の発言。「そりゃあお前、一緒に買い物に行ったり? 映画とか見たり? 部屋で二人でお喋りしたり? 朝から晩まで一緒にいたりよう。あとはもちろん<セックスしたりするに決まってるだろう>」』
「!?」
『マスターが彼の言葉を遮ってしまった為、最後まで発音できなかったものと思われます』
「ふぇ、ふぇあ――」
『マスターは助手2号と、セックスなさるのですか』
「Fairy!!!!!」
僕が大声を上げると、Fairyは黙り込んだ。しかしすぐに「冗談です」と言い、それから今度こそ本当に黙った。
大声を上げたせいで、息が上がってしまった。ここまでの声を出したのは随分と久しいんじゃないだろうか。頭の中は至って冷静だ、けれど、どうにも脈を打つのが早すぎる。
「はあ……」
ソファに座り込んで、頭を抱えた。
「全く、何を言ってるんだ……」
指の隙間から見えた視界に、テレビと、棚に並べたビデオたちが映る。
ついこないだここで、リンと二人一緒に見た映画は面白かった。情報攪乱の為入り込んだスパイが敵国のスパイの女性と恋に落ちてしまう物語。最終的に女性は敵国の銃弾から主人公を庇う為に亡くなってしまうが――
――途中の、濃厚なセックスシーンで、思わず僕もリンも居心地が悪くなってしまった。
別に、そういうシーンが見れないわけじゃない。僕もリンもいい大人だ、そういうシーンがあるビデオなんていくらでも見ている。けれど、そういうシーンを、兄妹で見るのは気が引けてしまう。
「………」
いけない、Fairyのせいか、それともトラビスさんのせいか、いつもなら考えもしないことを考えてしまう。落ち着こう。とはいえ店は暇、何をするべきか。そうだ、せっかくなら集客率アップの為のキャンペーンを考えよう。思い立ってすぐ、何かいい案はないかと頭を巡らせた――
『彼女とは四六時中一緒でも大丈夫なのかい?』
『そりゃー当たり前だろ、好きなんだからよ?』
「僕はリンのこと……好きに決まってる。家族なんだから」
頭の中のキャンペーン案と、口から発した音に齟齬があることに僕は気づいていなかった。
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