「蒼角ちゃんほんっっと~~~にごめん!!」
「ふぇ??」
──勤務開始時間と同時に六課の職場へと滑り込んできた浅羽悠真は何やら手に持っている菓子折りを蒼角に差し出しながら頭を下げた。彼の謝罪ポーズはあまりにも綺麗に腰が直角に曲がっている為、蒼角は謝られたことよりも「すごぉいハルマサ! ビシッと決まってる~~!」とそちらの方に気が向いている。
「ハルマサもっかいやって! ぱたんって!」
「いやそうじゃなくて、そうじゃなくてね蒼角ちゃん……ってあれ? 課長と副課長は?」
「えっとね、さっき五課の人に呼ばれて行っちゃったよ」
「あららららー……厄介事の予感。じゃなくて! あのさ、昨日のことなんだけど……!」
「昨日……? あ、ハルマサお熱下がって元気になってよかったね!」
「そうそう元気になってほんとよかった! よかったんだけどね!? その、蒼角ちゃん昨日僕が何やらいろいろとやらかしてしまったことについて月城さんにはー……」
「やらかし……た?」
顔面蒼白の悠真に、蒼角はきょとんとした顔を返す。
「えーと、ナギねえには帰ってからハルマサのおうちのねこちゃんの話したよ! あとね、ビデオの話! 願いを叶えてくれるボンプが現れたら何お願いする~、って!」
「ええ? いや、だからさ、そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
椅子に座っている蒼角はくりくりとした上目遣いで悠真を見上げている。その様子に悠真は「うっ」と言葉を詰まらせてしまった。しばらくの間お互いに何も言葉を発せず見つめ合っていたが、蒼角がふと悠真の手にある菓子折りに気がついた。
「……ねね、ハルマサ! それはなんなの?」
「え? えーっと、そのね、昨日のお詫びにと思ってお菓子を……」
「お菓子!? 食べていいの!?」
「もちろん食べていいけど……」
「やったー!!」
蒼角は椅子から飛び降りるとその場で高くジャンプした。そして悠真が差し出した菓子折りを受け取り、風呂敷包みを解いていく。中から出てきたのは和菓子だ。綺麗な花の形や可愛らしいボンプの形の練りきりが詰められている。
「これ、食べれるの!? フィギュアじゃない!?」
「食べれるよ。結構有名なとこのなんだけど……」
知らない? と悠真は聞こうとしたが、蒼角がよだれを垂らして目を輝かせている様子にふっと笑みが漏れた。
「ほら、食べていいよ」
「いっただっきまーす!」
我慢ならない様子で蒼角は一つ摘まみ上げると、ぱくり、と一口で食べた。口の中に広がる優しい甘さにみるみるうち顔が綻んでいく。
「これ、あんぱんの中身みたい!」
「そうだね~、白あんで出来てるからね」
「すっごく美味しいね! あ、ナギねえとボスにも残してあげたいなぁ……こんなに可愛いし、見せてあげたい。いい?」
「え。そりゃもちろん、いいけど。……というか月城さんに怒られると思って買ってきたやつだからなぁ」
「じゃあ、この真ん中のは残しておこ! まわりのは蒼角が食べちゃってもいいよねっ」
「今全部食べるわけ?」
「えっとねー……うーん……やっぱりちょっとずつ食べようかなぁ。今日おやつ持ってきてないから……」
えへへと照れ笑いして、蒼角は次にどれを食べるかじっと箱の中を見つめた。悠真は蒼角に椅子に座るよう促すと、隣の月城柳の椅子に座った。そこで嬉しそうに食べている蒼角を見つめている。
「……ね、蒼角ちゃん」
「んん~?」
「ほんとに僕……蒼角ちゃんが嫌がること、しなかった? ほら、その、昨日帰る時玄関で言ってたでしょ」
「………」
「……えーっと」
「あのね、ハルマサはヤなことなんてしてないよ。わたしがちょっとびっくりしちゃっただけで、全然気にしないでだいじょうぶだよ! それにハルマサは昨日お熱ですっごく具合悪かったんだから、不安な気持ちになっちゃうの仕方ないもん! 蒼角も時々ナギねえにぎゅってしてもらったりするよ! ナギねえふかふかで気持ちいからね、わたしすぐ眠くなっちゃうんだ。だからぎゅってしたあとはすぐ寝ちゃって、起きたらベッドにいて、わたしいつのまにお布団入ったんだっけ~って思ったりしてー……って、あれ? わたしなんの話してるんだっけ?」
「……うん、いや、大丈夫ならいいんだよね」
悠真は苦笑いをして頬杖をつく。蒼角はしばしの間「何の話をしていたか」をぐるぐると考えていたが、すぐにどうでもよくなったのか目の前の和菓子に手を伸ばした。
「これほんとに美味しいね~! 今度蒼角も買いに行きたい!」
「このお店、少しわかりにくい場所にあるんだよねぇ。買いに行くなら僕が連れてってあげるよ」
「ほんと!? ありがとハルマサ~!」
それから他の二人が戻ってくるまでの間、悠真と蒼角は今流行りのお菓子についてや新しくできたご飯屋さんの話などをしていた。昨日のことなどお互いに綺麗さっぱり忘れてしまったかのように。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます