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『――ということだから、観てみたいのだけれど仕入れの予定はある?』
ノックノックに連なった文面を見てアキラは頭を抱えた。
アンビーの所望したビデオのタイトルは、
<愛に飢えた彼女たち>
<大人の階段を落ちた先>
<誰のモノでもない>
<ご主人様は××××>
――どれも18禁のラブストーリーだ。
確かに芸術性に優れていることで有名な作品たちではあるが、これを店に置くとなると18禁コーナーが必須となる。管理も多少面倒だ。……とはいえそこではなく、これをアンビーが見てみたいというからアキラは驚きであり、そして困ってしまうのだ。
何故ならば見てみたい理由が
『これを見ればきっとプロキシ先生たちのことがもっと理解できる気がするから』
「……これは一体、どういう意味だ……??」
閉店作業中のアキラが急に固まってしまい、18号は不思議そうに首を傾げていた。
「お兄ちゃん、どうかした?」
階段を降りてきたリンに声をかけられ、アキラはすぐ顔を上げて「いや! なんでもない!」とノックノックを閉じた。
「……リン、降りてきて大丈夫なのかい?」
「うん、だいぶ良くなったよ! 一日中寝てたからちょっと疲れちゃったくらい」
「お腹は減ってる?」
「お粥いっぱい食べたからそんなにだよ。お兄ちゃんは夜ご飯これから?」
「ああ、ラーメンでも食べてこようかなって」
「いーなー」
むすっとしたリンの頬はまだ少し赤い。熱はまだ下がりきっていないのだろうと、アキラは思った。
「……いや、やっぱり今日はカップ麺にするよ。まだあったはずだ」
「え? 滝湯谷行かないの?」
「リンが元気になったら、また行くさ」
「ふふ、気使ってくれちゃって。優しいもんね、お兄ちゃんは」
「そうだとも、僕はリンのお兄ちゃんだからね」
肩を竦めると、店番をしてくれた18号の頭を撫でて受付台の上から降ろしてあげた。18号はパタパタとお礼に手を振ると、充電をしにぽてぽてと走って行ってしまった。
「ふああ……あれ、あくび出た。あんなに寝たのに」
「身体が休息を求めてるってことだろう。早く風邪を治す為にも、また寝た方がいいさ」
「あーあ、もう風邪なんてやだよぉ〜。そういえばニコ、なんの相談だったんだろうね? あれから連絡来た?」
「いいや、ニコからの連絡はないな」
「そっかぁ〜」
そう話していると、リンのパジャマのポケットからノックノックの通知音が聞こえた。
「噂をすれば、ってやつかな?」
リンが画面を確認すると、アンビーだった。
「あれ? アンビーだ」
「!」
しばらく画面を見つめ、リンの表情は見る見るうちに眉間にシワが寄っていく。大きな不安感がアキラを襲った。
「お兄ちゃん、アンビーと18禁ビデオの話したって?」
「えっ、いや、ええと、その……」
「お兄ちゃんに頼んでるところって書いてるけど!?」
「いやあ、知らないな……まだノックノック見てなくて……」
「絶対嘘でしょー! 二人でなんでそんな話してるわけ!? ……えっ、ちょっと待って、私のオススメのビデオはあるかって聞かれてる!? アンビーどうしちゃったの!?」
「いや僕にも何が何だか……」
「ひぇっ、あ、わわ、私もう寝るね! あ、18禁コーナーなんて作らないからね!? おやすみお兄ちゃん!」
「お、やすみ……??」
急にバタバタと階段を駆け上がっていったリンを見て、アキラは状況についていけないまま1人取り残され呆けた顔をしていたのだった。
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