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布団を被るのが暑いことはリンにもわかっていた。けれども、「こうでもしないと突然やってくるお兄ちゃんに何してんのって怪しまれちゃう」とリンは頑なにそこから出ようとはしなかった。
「……これは、思春期に両親が再婚して連れ子同士が兄妹になる話……ううん、これだと最初から家族だと思ってないじゃない。ええと次は? こっちは、主人公に七人の妹がいて、毎晩日替わりで相手をー……って、そんな現実味のない話に興味はない! それから次はー……」
携帯端末を左手で握り締め、右手はスクロールを繰り返す。リンは布団を被った中で必死に兄妹モノの18禁ビデオを検索していた。
何故そんなことをしているかと言えば、先日のアンビーとのやりとりのせいである。
アンビーに「兄と妹の恋愛ビデオ(18禁)を経験者ならではの視点で選んでもらえるとありがたい」と言われたリンだったが――
「あれからしっかり頭を整理して考えたけど、アンビーが言ってることはきっとこうだと思う」
・兄と妹→お兄ちゃん(アキラ)と自分(リン)に似たキャラクターが出ている
・経験者ならではの視点→兄妹で暮らしているという経験から現実的かどうか
「……だからアンビーが求めてるのは、
『お兄ちゃんと私みたいな性格の兄と妹が主人公で現実味のある18禁ビデオを探して欲しい』
――って、こと!! これが結論!!」
と、リンなりの結論(?)を出したのがアンビーからノックノックで連絡をもらった日の翌朝――いや翌昼である。
アンビーにはその後、「まかせて!」の一言だけを送り、それ以降アンビーからはまだ連絡は来ていない。というよりは、リンからの返事待ちだろう。
「――でも私たちみたいなキャラクターってなかなかいないんだよね〜。兄も妹もプロキシ、なんて条件だとまず無いし。お兄ちゃんみたいな性格っていうと、優しくて、大人しくて、ゲームが好きで、あとはー……」
その時、ノックノックの通知音が手の中の携帯端末から鳴り響いた。
「うわわわっ」
驚いたリンは携帯端末を手の上から滑らせてしまい、さらには布団の隙間から外へと放り出してしまった。
――コンコン
ドアがノックされ、「は、はーいっ!」と慌てて声をあげれば「ご飯を作ったけど、入っていいかい?」とドアの向こうからアキラのくぐもった声が聞こえてきた。ご飯の言葉で自分のお腹がどうやら空いていることに気づき、リンはアキラを招き入れた。
「……具合はどう? これ、夕飯だけど」
鶏と野菜のスープとパンを載せたトレーを片手に、アキラが入ってくる。リンが「美味しそう」という前にお腹がぎゅるるると返事をした。
「えへへ……えと、具合はその、だいぶ良くなってるかな。……すっかり甘えちゃってごめんね」
「いや、いいんだ。思えばリンがこんなに長く部屋に閉じこもってるなんて、小さい時以来だなぁって」
「そうだったっけ?」
「うん、あの時は――いや、状況はよく覚えてないけれど。不貞腐れていたリンの顔は今でも覚えてるよ」
「ええ~? 不貞腐れたぁ? 私全然覚えてないんだけど」
「覚えていないなら、些細なことだったんだろう。きっとね」
「ふーん」
「……さあ、ゆっくり食べて。僕も自分の部屋で食べてくるから」
「あっ……」
「ん?」
夕飯をサイドテーブルに置いたアキラがその場を離れようとしたところを、リンが思わず袖を掴んでしまった。引き留めたい、と思うより先に体が動いてしまったのだ。ただ、引き留めてどうしたいのかは、リンの頭の中には何も浮かばなかった。
「……どうした? リン」
アキラはあやすような声で訊き、ベッドに腰かけるとリンの目線と合わせた。
「……………ううん、何でもない。ただなんか、行っちゃうの寂しく思っただけ」
「そうなのかい? 僕はてっきり、部屋にいてほしくないのかと思っていたんだけど」
「そ、それは、まあちょっといてほしくないと思ってたりもしたんだけど」
「?」
「……ご飯、一緒に食べていい?」
おずおずと、伺うようにしてリンが尋ねる。
アキラはしばしリンを見つめ、それから部屋を見渡す。
「じゃあ僕の部屋で一緒に食べようか」
「うっ、散らかしててごめんなさい……」
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