***
スープをすする音が部屋に響く。
はむ、と少々大きめに切られた鶏肉にかぶりつき、リンは嬉しそうに口を動かした。
それを見ながらアキラはパンをちぎり、口元に運んでいる。
「今日は普通のご飯でよかったよ~、昨日までおかゆとか雑炊しか出てこなくって飽きちゃってたから!」
「病人なんだから、そういうのでよかったんだよ」
「このスープも、もうちょっと濃い味でもよかったんだよ?」
「リン、まだ風邪は治り切ってないだろう」
「ええー」
スープをすすり、飲み干すと二人ともため息のように大きく息を吐く。
「はー、美味しかった! ごちそうさま、お兄ちゃん」
「お粗末様でした。それじゃ、食器は片づけておくからリンは部屋に行っていいよ」
「うん。……あの、さ、お兄ちゃん」
「ん?」
「アンビーの、ビデオのことなんだけど……」
アキラは食器を持ち上げようとした手をぴたりと止めて、固まったような表情で「うん」と答えた。
「お兄ちゃんが頼まれた18禁ビデオっていうのは断ってくれていいんだけどね! 仕入れの予定なんてないしさ、18禁コーナーも作るつもりないし……でもあのね、その、アンビーがね……兄妹モノの、ビデオをお望みらしくて」
「…………………????? 兄妹モノ????」
「それで、経験者ならではの視点で選んでほしいって言うんだけど」
「経…………????」
アキラの表情はいつもと変わらないが、その頭の上にはいくつも疑問符を浮かべている。
リンもそれを察したように、慌てて話し始めた。
「え、えっとね! アンビーはビデオを見ることで私たちのことをもっと知りたいって思ってるらしくって……多分これって、お兄ちゃんと私みたいな性格の兄と妹が主人公で現実味のある18禁ビデオを探して欲しいってことだと思うの!」
「……???」
「とにかく! アンビーの真意はよくわからないけど、お兄ちゃんにも協力してほしいの」
「ええ? 僕??」
「だって、私、お兄ちゃんのことは『こんなお兄ちゃん』って人物像があるけど、私のことってよくわかんないから……それならお兄ちゃんから見た私を聞けばわかるんじゃないかなって。ね? アンビーの為にもお互いに思ってる人物像を話し合って、それに近い子たちが主人公のお話を探そうよ!」
「…………………」
アキラはしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、リンに「お願いお兄ちゃん」と両手を組み懇願されると諦めたように目を伏せた。
「ちょっとよくわからない依頼だけれど、仕方ないな。一緒に話し合って探してみようか」
「ありがとうお兄ちゃん!!」
感謝の念を込めてぎゅーっと抱きついたリンだったが、「まあ、二人でそれを観るわけでもないしね」と呟く兄には気が付いていなかった。
その夜、最初こそ兄妹モノについて話し合うのが少し気まずい二人ではあったが、最終的にはビデオ屋店長という肩書が成すのか、とてつもなく真剣に語り合う様子を――充電中のイアスだけが見ていたのだった。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます