#11 臨時休業 - 2/3

 ***

 ――タタン、タタンタタン。

 地下鉄の音が繰り返される。うっすら開けた目に真っ黒な窓が映し出される。そこに僕が映る。この時間の乗客は少なく、隣二人分離れたところに一人二人座っているが、目の前には誰もいない。

 ――タタン、タタンタタン。

 眠気を少し感じながらも、目的の駅に着く頃には不思議と眠気は消えていた。
 地下鉄を降りて、右左と顔を動かす。

「えーと、こっちの改札から出た方が近いんだっけ」

 いつもはリンの付き添いで行く店に、僕ひとりだけで行くのは初めてだった。
 地下鉄の階段を上り、改札を抜ければ、久しぶりに感じる陽の光を浴びて目を細める。外を歩き回るより家の中にいる方が僕には合う。けれど、確かに運動不足はなんとかしないと。時々街で会うアンドーさんなんか見ると、筋骨隆々としていてすごいなと思う。ああなりたいか、と言われると……まあそれは少し話が違うわけだけど。

「ビデオ屋の店長にその筋肉は必要ないはず」

 と、自分に言い訳をする。

 言い訳といえば。

 昨日リナさんに「幸せになる為にはまず対話が必要」と言われたことで……リンに言わなければいけないなと思っていた。
 僕の――この上なく醜い欲について。
 もし、拒絶されれば、きっと僕はその苦しみから解放されると思うんだ。抱いてはいけない感情だ、と妹に現実を突きつけられることで、安心してその感情を手放せる気がして。もちろん……リンとの関係も今まで通りとはいかなくなるだろうけど。それでも、ギクシャクしてしまうくらいなら耐えられる。僕は。

 ……リンは、耐えられるだろうか。

 僕が理想の兄でなくなって、
 近寄りたくもなくなって、
 心の拠り所がなくなれば、
 ……きっと壊れてしまうに違いない。

 そんな風に考えると、結局言い出すこともできず。

 リンが話し始めた時も、てい よくかわしてしまった。

『僕はこれまでも、これからも、リンのお兄ちゃんだからね』

 ――なんて。

 逃げたんだ、僕は。

「……これ、かな。リンに頼まれた弦は」

 楽器店の中――たくさん種類がある中の一つを手に取って、商品名を確認する。メモ紙に書かれたリンの可愛らしい字を見つめる。

 いくつか頼まれたものを手に取ると、レジへと持っていった。お金を用意している間、遠くで何か騒がしい声が聞こえた気がした。

「……?」

 店員さんも不思議そうに窓の外を見る。
 たくさんの走っている人が見えた。

 僕はお釣りを受け取ると、少し足早になって楽器店の扉を開ける。

 聞こえてきたのは――悲鳴。

 人々が逃げ惑う様が、視界いっぱいに広がる。

 右端から近寄ってくるものに、僕は見覚えがあった。

「……嘘だろう」

 ――瞬きをする間もなく、そのブラックホールに僕も飲み込まれていった。

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