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「あーもう! せっかく外出の用事はお兄ちゃんにまかせたっていうのに結局出かけることになるなんて~。今日は店番しつつ家でのんびりの予定だったのに」
街の人の目が気になりつつも、思わず声を大きく独り言を呟いてしまう。
事の発端は、ビデオ屋にかかってきた一本の電話。
友達でも知り合いでもお客さんでもなく、
話し始めたのは治安局のひとだった。
「はあ……まさか書類に不備があったなんて~。ってか不備があるならその場で言ってよ! もう! ちゃんと仕事しろ治安局ー!」
「ほう、我は全く仕事ができていない、と。そういうことか店長どの」
「へっ!?」
もう少しで治安局の入り口、というところで悪態をついてしまっていたことに気が付いたけれどそれももう後の祭り。
「まさか青衣に聞かれてたとは……ごめん、わざとじゃないから!」
「ほっほ、気にするでない。書類に不備があって再度ここまで来たのであろ? 正しく対応できなかったこちらの人間が悪いのだ。昨日はかなり混雑していたゆえ、人的ミスというのは起こりやすい状況であった。となれば、やはり昨日は朱鳶を振りほどいてでも我が案内すべきだったか」
「あはは……」
青衣と連れ立って治安局に入っていく。
今日は昨日よりかは人が少ない。
これならすぐに帰れそうだ、とほっとしたのも束の間。
けたたましい音が治安局に鳴り響いた。
「……何!?」
驚いて周りを見ると、治安局内が慌ただしくなっている。
隣の青衣にも何か無線が入ったみたいだった。
「どうしたの?」
「む、悪いが店長どの。緊急ゆえ我はこれにて――」
「き、緊急って!?」
「……共生ホロウが急激に拡大化した地域があると通信が入った」
「どこ、どこなの?」
「それは――」
青衣の唇が動く。
まるで映画みたいに、
それがゆっくりと耳に届く。
「……どの、店長どの?」
「嘘でしょ……そこ、お兄ちゃんにお願いした楽器店の近くだ」
慌ててお兄ちゃんに電話をかける。
でも呼び出し音すら鳴らず、『電波の届かない場所にいる為』と耳に響く。
「やだ、やだやだお兄ちゃん、出てよ……!」
もう一度、かける。
繋がらない。
もう一度、
繋がらない。
もう
「――店長どの!」
青衣に体を揺さぶられ、はっとする。
「もう一人の店長どのが、巻き込まれたかもしれないのだな?」
「……うん」
「案ずるでない、我ら治安局が必ず助けに行く。店長どのは、今日は店に戻って休んでいるがよい。必ず良い報せを持って帰るゆえ」
「……ありがとう、青衣」
青衣は私の肩を摩ると、行ってしまった。
私は摩られた肩に自分で触れて……震えてることに気が付いた。
「――お兄ちゃん」
治安局を飛び出す。
ルミナスクエアの大きな街頭ビジョンが、緊急のニュースを流している。
前に、自分がホロウ災害に巻き込まれた時のことを思い出す。
あの時はお兄ちゃんが絶対に助けに来てくれるって自信があったからか、不安もなかった。
ホロウの中にいる人たちを助ける余裕だってあった。
でも――
「お兄ちゃん、無事でいて……!」
あの時のお兄ちゃんも、私のことこんなに心配してたのかな。
電話をかける。
今度はお兄ちゃんじゃない相手へ。
私が助けなきゃ。
私がお兄ちゃんを見つけなきゃ。
お兄ちゃんが、私を見つけてくれたみたいに。
――辿り着いたビデオ屋の扉の札を『CLOSE』とひっくり返し、急いで中へと駆け込んだ。
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