#12 幼き日の記憶 - 2/6

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『助手2号、マスターの居場所の候補が算出できました。エーテリアスに襲われ移動をしていない限りはこの内のどこかにいることでしょう』
「わかったよ、Fairy。それじゃあ行くよ。準備はいい? ニコ」

 声をかけられ、ニコは自分を見上げているボンプに真剣な顔で頷いた。

「こっちはいつでもオーケーよ、いつもお世話になってるパエトーンの頼みは三割引きで聞いてあげないとね!」
「ニコ、割引してあげるなんて優しいのね」

 アンビーは感心し、そして尊敬するようにニコを見つめた。
 隣のビリーと猫又は黙ってそれを聞いていたが(そこはタダじゃないのか……)と呆れている。

 ――アキラがホロウに呑まれたと知ったリンは、ビデオ屋に着くまでの間に邪兎屋へ救援を依頼した。
 報せを受けたニコは事務所にいた猫又と共に車に乗り、仕事に出ていたアンビーとビリーを拾ってリンの元へと向かった。

『みんなお願い、お兄ちゃんを探して!』

 いつもの毅然とした態度のリン、しかし握った拳がわずかに震えていることに気づかない者はいなかった。

 イアスを受け取ったあとは、目的のホロウ近くまで車をかっ飛ばし――今に至る。

「……助けたくないはずないわよねぇ」

 ニコは呟きながら、ホロウに呑まれたばかりの街中を調べて回った。

「猫又~、そっちにいたー?」
「いないぞ! 人の話し声も聞こえないし……ここいらじゃないのかもしれない」
「そうね。プロキシ! 次の場所に移動してみましょ!」

 道の真ん中に立っているボンプにニコが話しかける。しばしの間黙り込んでいたボンプ――リンは、はっと意識を取り戻したように動き出した。

「人が集まってる地域があっちにあるみたい! そこに行ってみよう、ニコ!」

 リンの誘導で邪兎屋はさらに奥へと走り出した。
 四人の走る足音と、布擦れの音だけが響く。
 人の話し声も、エーテリアスの声も一切しない。

 五分程走り続けると、小さな食料品店裏にある搬入口のシャッターが開いているのが見えた。その中には十人程の人影が。

「おお、人がいっぱいいるぜ!」

 ビリーの声で邪兎屋全員がほっとしたような顔になる。

「おお、助けか!」

 身を寄せ合って固まっていたうちの一人が邪兎屋を見て声を上げる。それに追随するように「助けだ」「よかった!」という声が上がった。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんは!?」

 リンがアンビーの腕の中をすり抜け、地面に飛び降りる。
 ぽてぽてと駆け寄り、人々の中からアキラの姿を探す。
 だが、どこにもいない。

「……お兄ちゃん、いない」

 焦ったような声に、後を追ってついてきたアンビーが再度リンと同期したイアスを抱き上げる。

「この中に、グレーの髪色をした細身の若い男性はいないかしら」

 アンビーの問いかけに、何人かは首を振る。しかし他の何人かは、「あのお兄ちゃんか」と反応した。

「その子は私たちに声をかけたあと、ずっと道の向こうまで行ってしまったのよ。他に人がいないか見てくる、って」
「そのあと何人かの人間がそっちの方向から来たけど……その兄ちゃんはまだ帰ってきてないな」

 ご夫婦らしき二人がそう言うと、リンは道の向こうに目をやった。

「私、その人に誘導されてこっちに来たわ」

 一人のスーツ姿の若い女性が手を挙げた。恐怖感が体を支配しているのか、二の腕をしきりに摩っている。

「奇妙な声が遠くで聞こえて、そうしたらその人が逃げるように言ったの。私、言われるままにこっちの方角へ逃げてきて……でも多分、その人はもっと奥まで行ってしまったんだと思うわ」

 女性が言い終わらないうちに、リンは邪兎屋の全員と目を合わせた。

「……お兄ちゃん、エーテリアスがいる方に行ったんだ」
「なんでそんな危ないことすんのよ。あんたのお兄さんはちゃんと武器持ってるの?」
「武器はないよ。私もお兄ちゃんも、エーテル適性こそあっても、みんなみたいに戦えないもの」

 しゅんとするリンに、ニコはそれ以上何も言えないでいる。

「……とにかく、ここの人達の安全も確保しなきゃ。多分治安局がこのあと来るだろうけど、エーテリアスに見つからないとも限らないよ。アンビーとビリーはここに残って! ニコ、猫又、ふたりは私と一緒にお兄ちゃんを探してくれる?」

 アンビーとビリーは頷き、ニコと猫又は「オッケー」と快諾した。ニコが小さなリンをアンビーから受け取ると、先を急いだ。

「じゃ、二人とも頼んだわよ~!」

 ニコが去り際にそう言うと、アンビーは「まかせて」と言い、ビリーは大きく手を振った。

「――にしてもなーんでアキラはエーテリアスの声の方に行っちゃったわけ? 一緒に避難したらよかったのに」

 猫又の疑問に、リンはしばしの間考える。

「……きっと他にも遭難してる人がいないか探しに行ったと思うんだけど、もしかしたら、人がいる方にエーテリアスが行かないように注意を引き付けに行ったのかも」
「はあ!? 武器もないのに!? あんたのお兄さん馬鹿!?」
「ニコ、否定はしないけどお兄ちゃんきっと傷つくよ。……武器はないって言ったけど、護身用くらいのものは持ってるはずだから」
「ねぇねぇリンちゃん、それって催涙スプレーとかそういうやつ~?」
「それの対エーテリアスバージョンって感じだよ。でも、ちょっと動きを止めるくらいのものだし……」
「なーるほどにゃ~。アキラっていっつも安全なところからあたしたちを誘導するし、こういう時って自分の身を守るタイプだと思ってたんだけどー……結構男らしいとこあるわけだ」

 猫又の揶揄からか いにも似た言葉に、リンはむっとした。

「男らしいかはわかんないけど、お兄ちゃんはいつも優しいよ! いつも誰かのこと考えて動いてくれるし、私のこともそうだし……いつも……」

 声がどんどん小さくなっていくリンに、猫又は眉根を下げる。

「ごめんごめん、優しいお兄ちゃんだねって褒めてるんだよ。リンちゃん、そんなにしょげないで」
「ちょーっとふたりとも、あれ見てくれる?」

 ニコに言われ、リンも猫又も進路方向の奥を見た。何かが崩れたのか、大きく土埃が立っている。同時に奇妙な叫び声も聞こえてきた。

「……エーテリアス!」

 リンが言う。
 近づくにつれ土埃が晴れていき、エーテリアスの数がわかる。三体、四体か。ニコと猫又は戦闘態勢に入った。

「あたしらはここで戦ってるから、あんたは奥まで行って探してきなさい!」

 ニコの叫び声と同時に、リンは地面に勢いよく進行方向へ放り投げられる。ごろんと一回転すると、リンはボンプの小さな体で一生懸命に走り抜け、辿り着いた。エーテリアスが建物を攻撃したせいで壁が崩れ、土埃が舞っていたようだった。崩れた壁を潜り抜け、中へと入っていく。誰かいないか、リンはきょろきょろと見回した。

「……う」

 微かに呻く声が聞こえ、リンは駆け出した。
 崩れた壁が重なり合ってできた隙間から、人の手が見える。

「……お兄ちゃん?」

 見慣れた袖口にそっくりなそれを見て、リンは必死にその腕を引っ張った。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 何とか引きずりだしてみると、やはりそれはアキラだった。所々擦り傷があるものの、崩れた壁に潰されなかったのか痛ましいことにはなっていない。

「お兄ちゃん、ねえお兄ちゃん!」

 名前を呼ぶも、アキラはうすぼんやりとしか目を開けない。

「お兄ちゃんってば!」

 リンが大きく揺さぶると、
 アキラは安心したように目を閉じた。

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