「とにかく、災害保険には入ってたから保険金が下りてよかったよ。病院代もなんとかなったし。……いくらかのお金は出てったけどね」
「邪兎屋に依頼料も払わなきゃだし?」
「そーそー。あ、でもそれは大丈夫なの。ニコがこれまでうちに払いきれてない依頼料からもらうわって。だからまあ、ほぼプラマイゼロって感じ?」
信号が青になり、車が動き出す。ビデオ屋まではあと二十分、というところだろう。
話の区切りがついたのか二人は口を閉じた。お互いに何を言おうか考えている。信号を二つ三つ過ぎた辺りで、先に口を開いたのはアキラだった。
「ねぇリン、子どもの頃かくれんぼしたの覚えてる?」
「え? えーっと、こないだもこんな話したよね。うん、ちょっとは覚えてるよ」
「大きいゴミ箱の後ろに隠れてさ」
「うん」
「結婚式をしたの覚えてる?」
「……け、結婚式??」
リンがひっくり返ったような声を上げると、車が蛇行した。
「ちょっ、リン! ちゃんと前を見て運転してくれ!」
「お兄ちゃんがいきなりそんなこと言うからでしょ!?」
どうにか舵を取り直し、リンはハンドルを両手でぎゅっと握り直した。
「……そ、それで? その、結婚式? って?」
「リンが言ったんだよ、大きくなったらお兄ちゃんと結婚したいって」
「……………あ、ああ~? なんか思い出してきたかも」
「大きくなってもお兄ちゃんと一緒にいたいからって」
「待って待って待って、すごい恥ずかしいんだけど!?」
「でも、兄妹で結婚できないって学校の子に言われたって」
「えー……うん。えっ、待って、思い出した! お兄ちゃんが私の嫌がること絶対しないって言ってたやつじゃない!?」
「そうだけど。大事なのはそこじゃないと思う」
「ええ~~?」
信号が赤になり、車を停める。アキラもリンも、進行方向を向いたまま。
「リンは、ずっと僕に好かれるようにがんばるって言ってたよ」
「……あはは、そんなこと言ってたのかぁ。あー、でも、ちょっと納得したかも」
「納得?」
「うん」
リンがアキラを見る。
アキラも目を合わせる。
リンは少し困ったように笑った。
「そのせいで私、満足してたんだと思う」
「満足って?」
「ほら、こないだ私、満たされてるから彼氏とかいらなーいみたいなこと言ったでしょ」
「うん……そうだっけ」
「そうだよ~。それってさ、ずっとお兄ちゃんといられるって思ってたってことだよね。小さい頃おままごとの結婚式をしたから、それで満足したのかなって」
「ああ……なるほど?」
「私、安心してたんだなぁきっと。お兄ちゃんはずっと私といてくれるから大丈夫って。でもさぁ……なんか今更気づいちゃったよね」
「何を?」
「もう何も知らない子どもじゃないんだって」
子どもじゃない――それは自分が悩んでいたことに近いとアキラは思った。
リンは前を向き、車を走らせる。
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